さてさて、どうする。どうする | 読書と、現代詩・小説創作、物語と猫を愛する人たちへ送る部屋

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小説や詩の創作、猫また大学通信を書いています。Twitterは、atlan(筆名:竹之内稔)@atlan83837218 放送大学在学中。「第8回新しい詩の声」優秀賞を受賞。
 京都芸術大学の通信洋画&文芸コース卒業/慶應義塾大学通信卒業/東洋大通信卒業/放送大大学院の修士全科生修了。

昨日の反省を踏まえて、どうするべきか、考えました。

 

そもそも、長い小説が書けると思うから、書けない苦しみが生まれている気がするんです。

16年前、10年前よりも、小説が遥に書けるようになったのは、事実。

それは自惚れでもなく、自信がある。

けれど、それは30枚まで、どう頑張っても50枚までで、それ以上になると、破綻してしまう。

それも事実だと思う。

 

また、じゃあ、書けている30枚、50枚が面白いかというと、全然そうじゃない。涙

それも事実。

 

だから、自分は小説が書けない赤ん坊なんだと謙虚になるべきだ、と思いました。

零(ゼロ)地点、いや、できないマイナス地点からスタートして、学ぶ直すのだと思った方が気がいいのかもしれない。

 

今までも、自分はまだまだ力不足だと持ったけれど、もっと物語初心者なんだ、と謙虚に学ぶべきだな、と。

 

実際、その方が楽だ。

できない、できない、うまく書けない、でも、書いてみようじゃ、絶対書けないからね。

どこだろう、どこを直せばいいんだろう、と思うから、苦しいんだよね。

 

さて、ゼロから構築とはいえ、本当にゼロから構築していたら、8/31までに200枚は書けない。(書けなくてもいいんだけど、〆切を伸ばすとキリがない)

既存のものの改良化の改稿か、新規か。

どちらも難事だが、改稿の方が現実的。

でも、元がダメだから、限界がある。

 

ここはひとまず置いといて、とにかく〈ストーリー展開の呪縛思考〉からの脱却しないといけない、のが第1目標とずっとしているが、容易じゃない。

突破ポイントは、見えない敵対者と、因果プロットの設置、伏線回収の仕方だと見極めることはできています。

 

〈見えない敵対者〉の処遇(それを輝かすための〈企み〉もセットになるから)が鍵。

今までは、文章表現として〈見える〉ものだけを相手にしていた。

でも、今は〈見えないもの〉をどう活かすかがキーだ。

 

(考えてみれば、岡野大嗣さんの「メモのたね」も〈見えないものの見える化作業〉のような気がする。

名付けるためには、まずは〈見える化〉が必要だよね。

でも、言葉は不完全だから、「部分見え」なんだろうけれど。)

 

詩の場合は〈見えない敵対者〉に象徴される〈見えないモヤモヤ〉がメインになって、

なんとかそれを表現しようと、見える表現を四苦八苦して作品が完成する。

ところが、小説の場合、僕は見える表現が主になって、〈見えない表現されるもの〉が従属してしまうんですね。

その見える表現の最たるものが〈ストーリー展開と、その呪縛〉なんだと思う。

 

10枚程度の短い作品なら、なんとか持ち堪えられるんですが、50枚、100枚になると破綻しちゃう。

構成力がないの一言では言い尽くせないスキル不足と、何かの欠乏があるんでしょう。

 

で、ここまでは理解できて、じゃあどうするのか、行動面で。

 

自分の敬愛する作家の作品を読み込む。

 

♫:読んで、読んで、読まれて、読んで、

  読みつぶれて寝むるまで読んで、やがて男は静かに眠るのでしょう♫ by河島英五「酒と泪と男と女」から編曲(おいおい)

 

冗談はさておき、岩瀬成子・江國香織・湯本香樹実・恒川光太郎・伊坂幸太郎・今村夏子・朝吹真理子などなど、

今まで、その表現を少しでも研究したプロ作家たちをもう一度、深く分析してみる。

それらから、〈見えない敵対者〉の処理を見つける。

そして、見つけたそれらを少しずつ足して、掻き回してスムージーにしてミックスしてみようと思います。

どうせ完璧にトレースできない、できたら凄い、一部でもできて足せたなら、融合したなら、どうなる? 

 

プロ中のプロから学ぶべきだ。

どうせ研究するなら。

そして、最後に須賀敦子を加えるんだ。笑 

 

まあ、とにかく、もうやぶれかぶれ。

それぐらいしないと、ここ数年間の足踏みは何も変わらない。

 

この作戦、2・3日前から、もうやり始めてます。

 

どうせ、死ぬまで、小説への夢を辞められないなら、とことんやるしかない。