日曜日に、某短歌教室のZoom形式による参加をしました。
とても面白かった。
その中で、先生が短歌の創作の極意は、こんなことが! と知らないものを発見する〈驚異性〉と、
あるある、分かるわかる、と云う〈共感性〉の両方があると、
秀歌になります、と云う趣旨を仰られた。
へえー、と眼から鱗が落ちました。
確かに、その通り、普段、僕は〈驚異性〉にばかり目が行って、
〈共感性〉を疎かにしてました。
〈共感性と驚異性の合わせ技〉を肝に銘じたいと思います。
でも、それって、原理はわかるけど、作品化ってすごく難しいですよね。
それと、全然話が違いますが、
ふと思いついて、最果タヒさんについて分析しました。
現代詩界では、谷川俊太郎さんに次いで、
異例の多くの支持を集めて、もう詩人という枠から外れて、「最果タヒ」という一つのカテゴリーに属していると言っても過言ではない方ですよね。
今まで何度も読んでも、凄いなあ、こんなの描けないなあ、で分析をできないでいたのですが、
なぜか、思い立って、自分なりに分析してみました。
結論から言うと、
なぜか、見事に分析できました。
その詩の構造は、以下の3つの原理。
①読み手の心に無意識に存在しているものへの〈メッセージ的な呼びかけ語り〉の文章
②常識の前提や価値判断バイアスをひっくり返している隠れた言い方
③メッセージ性をアシストする〈散文性〉と、不親切で読み手任せな〈韻文性〉の混在と均衡
たぶん詳細を説明したら、小論文になるので、
ここには書けませんが。非常に勉強になりました。
改めて、詩(韻文)と、散文の関係に辿り着いてしまいました。
今日の前半の短歌教室が韻文についての理解なら、
この最果タヒさんは散文についての理解のように思います。
以上の二つの新しい風が、
また1歩僕の詩を進めてくれる予感がしてなりません。
頑張ります。