昨日、詩の教室へ久しぶりに通うことにした、と書いた。
昨年の2月の京都の教室以来で、ちょうど1年ぶりかな?
ずっと小説をメインにしてきたから、ある意味、大きな方向転換。
詩集自体は今日までの間、ずっと、それこそ何十冊と読み続けてきたし、分析も研究もしてきたんだけど、
全然、まともに書いて来なかった。
そこで、ちゃんと向き合おうと考えた。
今年は毎月、二篇、近代詩的なものと、現代詩的なものをそれぞれコンスタントに書いて、
某地方新聞と、雑誌「ユリイカ」に投稿し続けて見たいと計画している。
去年も同様な計画を立てたけど、全然出来なかったのは、
詩を、まだどこか、感情がないと書けないと思いこんでいるからだと思った。
詩とは世界を切り取るものだと思う。
自分が、世界と、どう関わっているかを宣言するものだ、と僕は最近、しみじみと思っている。
そう、世界を再定義したい、
そんな欲求に突き動かされみたいかな、と考えている。
どこまで、出来るか、分からないけれど。
そんな凄いものは書けなくていい。
日記のように、毎月、生きた証しとして、残してみたい気がしてるんだ。