この間の小説塾で思ったこと。
まとめて書いてみます。
基本、小説は読み手ファースト。自己表現の文章じゃない。
(その意味では、詩の方が自己表現であった方がいいかな)
しかし、それは読み手が読みやすくなるよう書くべきこと(=情報)を先ず書いていくことから始まる。
先生は「順番に書いていくこと」の大切さを説く。
どう言うことかと言うと、
小説では、いかに読み手に彼らが物語を読む上で必要な情報を、的確に伝えるかに留意しつつ、
書き手が自らの思いを述べるかということなんだ、と僕は理解しました。
その意味で、「物語を書く」とは読み手との共同作業になる。
これ、絶対忘れてはならないことだと思います。
けど、難しい。
物語を紡いでいるとき、ストーリーを展開させるのに必死で、そこに自分の思いを反映させるのに必死で、
そこまで手が回らない。
主人公をちゃんと紹介して、読者に興味を持たせてから、回想させましょう、とのこと。
つまり、読み手に「続きを読みたい」と思わせるだけのプレゼンテーション力を、
小説そのものに持たせてあげること。
言うのは簡単だけど、やるのはとても、難しい、
この力を持たせてあげる為の「順番」なんですね。
僕は全然、ここが出来ていなくて、
意味なく回想シーンを多用して、ダメ出しを頂きました。
でも、そのお陰で、こうした認識を自分のこととして強く持てました。
有り難いことだと思います。
きっと、口だけで読み手ファーストと言ったり知っていたつもりであったりしても、自分で「痛い思い」をしないと、
人は真に学び理解できないので。
バドミントンでも、それまで見過ごしていた「ちょっとしたことへの気づき」で、
初心者たちがぽんぽんと上手くなります。
(僕が絵を描けるようになったときも、同じような経験をしました。)
それって、同じようなことを言ってきたのを、ちょっと言い方を変えただけなんですがね。
よく言われる言葉、
「神は細部に宿る」
至言だと思います。