◆前回のあらすじ◆
前回——店の前に置いた一枚のトレーナー。
料金の発生しない場所から始まった、初めての恋。
【風除室のキス】
半月ほど経った頃、会いに行った。
その夜が、Gを初めて指名した夜だった。
泥酔した会議の夜——つまり出会いの一回目は、そもそも指名などしていない(できるわけがない、記憶がないのだから)。
二回目に会いに行ったこの夜、私は初めてGを指名した。
以降、Gが帰るまで、私は毎回彼女を指名し続けることになる。
ただ、この初指名の夜、Gにはまだ、私以外にお客さんがついていなかった。
来日したての彼女には、他に呼ばれる席がなかったのである。
だから席を回されることもなく、Gは指名時間の終わりまで、ずっと隣にいてくれた。
書いてしまえば、ただそれだけの理由である。
恋のロマンとは無関係の、シフトの都合みたいなものだ。
それでも、その夜の隣は温かかった。
ロマンでない理由で隣にいた人が、その後もずっと隣にいてくれるようになる、というのは、たぶん、悪くない始まり方だ。
そして、Gが見事にテキーラで泥酔した。
他のタレントが心配するレベルの、である。
出会いの夜は私が酔いつぶれ、次の節目は彼女が酔いつぶれる。
私たちはどうも、交互に記憶を失う星の下にいるらしい。
その夜、店の風除室で、私たちはキスをした。
風除室というのは、店の出入口にある小さなガラスの小部屋である。
外からも中からも死角になる、数十センチの緩衝地帯。
Zの「駐車場の一歩」、Aの「ほっぺ」の系譜に連なる、私の恋の地理に新しく追加された座標である。
ただし、Gはこの夜のことを覚えていない(笑)。
酔っていたからである。
後日、彼女は言った。
覚えていないけど、一緒にいれて幸せだったことだけ覚えている、と。
記憶をなくしても感情だけ残っているというのは、一番嘘のつけない証言だと思う。
取り調べなら一発でアリバイ成立である。
そしてこの日を境に、私はGを「mylove」と呼ぶようになった。
正確に書いておく。
「mylove」は、私から呼び始めた。
40男が、自分から相手を「mylove」と呼び始める。
書いていて恥ずかしいので、これ以上の解説はしない。
ただ、Gはそれを嫌がらなかった。
むしろ、しばらくすると、彼女も同じ言葉で返してくれるようになった。
出会いの夜を覚えていない二人が、お互いの覚えていない記憶を一つずつ預かり合って、恋が始まった。
◆次回予告◆
第5話「in loveしちゃう」——テレビ電話は、この世界の営業では「割に合わない行為」である。
それをGが自分から申し出た夜、彼女が漏らした一言。
この物語は全4部の実録エッセイです。第3部の結末は、noteの有料記事で公開しています。
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