◆前回のあらすじ◆

 

前回——秘密の正体は「また日本の店で働く話」で、彼女はそれをNOと断った。

 

まっとうな答え。

 

それでも、私の中の疑いは消えない。

 

そんな中、彼女の体調が、悪化する。

 

 

 

 

【病院代】

 

 

 

 

彼女の体調が、本格的に悪くなった。

 

日本にいた頃から、不安のあった体調だった。

 

フィリピンに帰ったら病院に行く、と言っていたのに、費用がかかるからと、行けずじまいになっていた。

 

そして、その不調が、再発した。

 

検査で、入院。

 

いったん退院したものの、しばらくして、大きな処置を受けることになった。

 

詳しいことは、彼女の尊厳に関わるので、書かない。

 

ただ、決して軽い話ではなかった、とだけ記しておく。

 

そして、そこには常に、お金の問題がついて回った。

 

フィリピンの病院代は、高い。

 

日本の保険制度が、どれだけ恵まれているか、こういう時に思い知る。

 

日本なら数千円で済むことに、桁の違う額がかかる。

 

彼女の手元に、そんなお金はない。

 

 

 

 

——あー、そうさ。

 

 

 

 

全部、払いましたよ。

 

 

 

 

また金か、と自分にツッコミながら、私は病院代を払った。

 

日本編から数えて、何度目かの「払う」である。

 

学ばない男の、いつものやつだ。

 

だが、今回は、後悔が一切なかった。

 

 

 

 

【必ず、働いて返します】

 

 

 

 

払ったと言っても、彼女の反応は、これまでの誰とも違った。

 

彼女は、本当に、感謝した。

 

そして、こう言った。

 

「あなたには、いつもよくしてもらって。

 

迷惑をかけて、申し訳ない。

 

このお金は、必ず、働いて返していきます」

 

 

 

 

——こんなことを言う子が、いるだろうか。

 

 

 

 

私は、びっくりした。

 

正直、言葉を失った。

 

10年、私はこの世界で、お金を"渡す"側にいた。

 

送金し、支払い、贈り物をしてきた。

 

そして、それを"当たり前"として受け取られることに、慣れていた。

 

慣れて、「責める資格は自分にない」と、自分に言い聞かせてきた。

 

そのお金を、「働いて返す」と言う人に、私は初めて出会った。

 

無心の、逆である。

 

 

 

 

【お金目的だと、思われたくない】

 

 

 

 

彼女は、いつも言う。

 

「お金目的だと、思われたくない」

 

この一言が、私の胸を締めつける。

 

考えてみれば、私たちは、同じ壁の、両側に立っている。

 

私は「金目当てで愛されているんじゃないか」と怖れ、彼女は「金目当てだと思われているんじゃないか」と怖れている。

 

同じことを、逆側から怖れている。

 

そして、彼女がこう言わなければならないのは、私たちの出会った場所のせいだ。

 

 

 

フィリピンパブ。

 

 

 

送金。

 

 

 

病院代。

 

 

 

この構造の中にいる限り、彼女がどれだけ本気でも、「お金目的」という影は、ついて回る。

 

だから彼女は、繰り返す。

 

行動で示し、言葉で訴える。

 

疑われる構造の中で、必死に、自分の本気を証明しようとしている。

 

日本編のZも、Aも、Mも、この言葉は言わなかった。

 

Gだけが、その影に、正面から抗っている。

 

 

 

 

【いつか、逃げてしまうんじゃないか】

 

 

 

 

正直に、もう一つ告白する。

 

彼女の気持ちが本物だと、頭では分かっている。

 

それでも、いつか、彼女がふっと逃げてしまうんじゃないか——そんな不安は、消えずに残っている。

 

特に、送金をした後は、その不安が強くなる。

 

お金を渡した途端に、すっといなくなる。

 

10年の間に、私はそういう別れを、何度か見てきた。

 

だから、体が勝手に身構える。

 

ある時、その不安を、私は彼女に漏らしてしまった。

 

 

 

 

彼女の返事は、こうだった。

 

 

 

 

「そんなことするなら、初めてお金をもらった時から、もう連絡してないよ」

 

 

 

 

——💗

 

 

 

 

ぐうの音も、出なかった。

 

たしかに、その通りなのだ。

 

もし彼女が「お金目的」なら、最初の送金を受け取った時点で、姿を消していればよかった。

 

連絡を絶てばよかった。

 

でも、彼女は消えなかった。

 

あれからずっと、mahal na mahal kita と、返し続けている。

 

逃げるどころか、返そうとしている。

 

「必ず働いて返します」と。

 

証拠は、もう、目の前にある。

 

それでも不安が消えないのは、彼女の問題ではなく、私の問題だ。

 

10年で染みついた疑いの癖は、こんなにも根が深い。

 

彼女は、私のその古い傷にまで、付き合ってくれている。

 

——たぶん、これが、三足目のナイキだけが、まだ隣にある理由なのだと思う。

 

 

 

 

【そして、今】

 

 

 

 

直近の彼女は、退院して、療養している。

 

ただ、時間がありすぎるせいか、少し、ふさぎ込みがちだ。

 

彼女は、過去に深い喪失を抱えていて、一人の時間が長いと、その傷を思い出してしまう。

 

何度も、繰り返し。

 

落ち込んでいる時期は、連絡も少なくなる。

 

そんな彼女に、私は言った。

 

「見守ってくれているよ。

 

一緒に幸せになれば、きっと、喜んでくれる」

 

海の向こうの彼女を、私にできる唯一の方法で、支えようとしている。

 

お金でも、飛行機でもなく、言葉で。

 

10年、自分の感情にばかり振り回されてきた男が、初めて、誰かのために言葉を選んでいる。

 

私が会いに行く話は、出ている。

 

来月、という具体的な日程も、なんとなく決まった。

 

ただ——彼女はまだ療養中で、私もチケットを取れていない。

 

すべては、宙に浮いたままだ。

 

この物語の続きを、私は、まだ知らない。

 

日本編は「離陸」で終わったが、フィリピン編は、まだ着陸していない。

 

私と彼女が、同じ地面に立つ日が来るのかどうか。

 

それすら、今の私には、わからない。

 

わからないまま、今日も私は、AIに翻訳してもらったタガログ語で、mahal na mahal kita と送る。

 

海の向こうから、返事が来る。

 

mahal na mahal kita。

 

今のところ、それだけが、確かなことである。

 

 

 

 

——フィリピン編・第6話(つづく)——

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この物語は、いま現在も進行中です。

 

次の一歩は、私自身も、まだ知りません。

 

この物語は全4部+続章の実録エッセイです。

 

日本編(第3部)は結末が有料。フィリピン編は、いまのところ無料で公開しています。

 

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