◆前回のあらすじ◆
日本編は「離陸」で終わった。
お揃いのナイキを履いて、私の贈ったものを全部身につけて、Gは海を渡っていった。
ここからは、その先の話である。
まだ、終わっていない。
むしろ、ここからが本番だった。
【海を渡った先】
日本編が「恋の話」だったなら、フィリピン編は「現実の話」になる。
そう予告した。
予告した本人が、一番わかっていなかった。
現実というものが、これほど次から次へと押し寄せてくるとは。
ある年の7月。
Gが、フィリピンに帰った。
帰国したその日の深夜、空港に着いたと、写真付きのLINEが来た。
無事に着いた。
それだけで、まず安心した。
海の向こうに、彼女がちゃんといる。
その事実を、画面の一枚の写真で確かめる。
遠距離とは、こういう安心の仕方をするものらしい。
その日は、店が用意したホテルに泊まるという。
帰国した子は、たいてい一泊ホテルで休んでから、実家に帰る。
それが普通の流れらしい。
だが、Gの場合は、その先が、ちょっと違っていた。
彼女は両親に「6か月、日本に行ってくる」と言って、家を出ていた。
ところが、ビザの関係で、実際の滞在は3か月だった。
つまり、予定より3か月も早く帰ってきたことになる。
それを、家族にどう説明するか。
彼女が出した答えは——すぐには実家に帰らず、残りの3か月を、マニラで過ごす、というものだった。
そして、財布の中身は、ほとんどなかった。
3か月分の給料の大半を、すでに家族へ送金していたのである。
手元に残ったのは、わずか。
これから3か月、どうやって暮らすのか。
彼女の頭の中には、ぼんやりとした計画があった。
マニラで3か月働いて、お金を貯める。
そのお金で、今後のために日本語学校に通いたい。
アパートを借りて、私がフィリピンに会いに来たら、そのアパートで一緒に過ごす——。
夢のある計画だった。
夢しかない、とも言う。
【計画のなさを、私は知っている】
フィリピン人の、この「計画のなさ」を、私は10年かけてよく知っている。
悪く言っているのではない。
あまり深く考えない。
なんとかなると思っている。
そして、たいてい、なんとかなってしまう。
日本人が3週間かけて悩むことを、彼らは3秒で決めて、3日で忘れる。
羨ましくもあり、はらはらもする性質である。
だから私は、思った。
この子は、たった1日では何も決まらない。
私は、日本にいる。
彼女は、マニラにいる。
できることは限られている。
それでも、宿くらいは取ってあげられる。
そう思って、私はホテルを取る提案をした。
帰国した当日、彼女は午後まで寝ていた。
あれ、チェックアウトは。
私は気を揉んだ。
海の向こうで、恋人が路頭に迷っていないか、画面越しに心配する40男である。
後から聞くと、チェックインが深夜だったので、チェックアウトは夕方6時までOKだったらしい。
なんだ。
じゃあ、あと3時間ある。
3時間で、次の宿を決めなければならない。
まず、今のホテルに延泊するといくらかかるか、聞いてもらった。
3500ペソ。
却下である。
高い。
3か月をここで暮らせるわけがない。
そこからは、共同作業だった。
電話をつなぎ、画面共有をして、二人でホテルを探した。
日本の私のスマホと、マニラの彼女のスマホが、同じ地図を見ている。
「ここは?」「遠い」「じゃあこっちは」「高い」。
海を隔てた二人が、一つの部屋を探している。
幸い、近くに、安くていいコンドミニアムが見つかった。
3泊分を予約して、「とりあえず、ゆっくり過ごして」と伝えた。
3か月休みなく働いた彼女に、まず必要だったのは、休息だった。
◆次回予告◆
フィリピン編 第2話——ゆっくり過ごしてほしかった。
でも、体はそう簡単に言うことを聞いてくれなかった。
そして彼女は、地元でも「あの仕事」を選ぶ。
この物語は全4部+続章の実録エッセイです。
日本編(第3部)は結末が有料。フィリピン編は、いまのところ無料で公開しています。
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