「おもいやり」と「やさしさ」が溢れ「夢の持てる国」へ -4ページ目

「おもいやり」と「やさしさ」が溢れ「夢の持てる国」へ

「おもいやり」と「やさしさ」を持って接すれば意味のない争いが少なくなる。「夢」と「誇り」を持って人生を歩むことが出来れば明るい未来が広がる。そんな世の中にしたい。そんな人生を送るサポートをしたい。それが自らのノーブレス・オブリージュだと考えています。

久しぶりに大学時代のクラブの同級生と呑んだ。結構酔った。やっぱり同じ釜の飯を食って同じ苦労をした仲間はいい。大学時代体育会に所属していた者の特権だろう。心を許せる友がいる。帰る場所がある。愚痴をこぼせる仲間がいる。自ら進んで入部したが苦労も多かった。アルバイトができないことによる経済的な苦労、勝負へのプレッシャー、毎日の練習を続けることの精神的な苦しみ、体育会に所属せず何もしていない学生がまぶしく見えた時もあった。しかし素晴らしい友とめぐり合い、卒業してからもつきあいがある。久しぶりに会っても全然違和感がない。


当時の苦しみが今となっては糧となっている。自分のために、家族のために、そして友のために人生と勝負してやる。誰にも負けない。


仕事でも仕事以外でも腹の立つことが多い。まだまだ人間が出来ていないが、出来ていたとしても腹が立つことが多い。できるだけ腹を立てずににこにこと。言うは易し行うは難し。もっと苦労せなあかんのかな。

オーバートレーニングの定義→極度の疲労、疾患、傷害につながる過度のトレーニング頻度、内容量、強度。

オーバートレーニング状態は、神経筋系の損傷、生理的機能へのマイナスの影響が大きい。

オーバートレーニング症候群→オーバートレーニングから起こる状態。

「大事を成さんと欲すれば小事にこだわることなかれ。」



信永のコメント→大きなことを成し遂げようとしたら瑣末な事に執着していては前に進みません。いつも大きな視点と視野で物事を考えることが大切だと解釈しています。龍馬は、旧態依然とした土佐藩の瑣末な事に拘泥しなかったから薩長同盟などスケールの大きな事を成し遂げたのだと思います。


薩長同盟→江戸時代末期(幕末)の慶応2年1月21日に京都小松清廉邸で、土佐の坂本龍馬、中岡慎太郎の斡旋により締結された薩摩藩と長州藩の政治的、軍事的同盟


参加すべき。参加しないと国益を損なう。農業は、このままでも後継者不足、担い手不足等でじり貧だ。参加することと農業が壊滅状態(になるとして)なることは分けて考えるべき。(ならないかも知れない。)この開国を契機として強い、競争力のある農業に構造転換すべき。龍馬ならどのように判断するだろう。「開国ぜよ。そうでないと国益を損なうぜよ。」と語るだろう。

自分の言葉で思いを語る。伝わるよう語る。

自分で理解することと相手にわかるように伝えることは全く違う。


仕事でスタッフに依頼しても伝わったと思っていてもきちんと伝わっていないことがある。

成果品に齟齬があることがある。しつこいと思っても詳細に依頼する。そして確認する。


コミュニケーション能力は時代が変わっても組織が変わっても必須の能力。

会社では、7人の部下がいる。(部下という呼称は好きではない。)



会社外では彼らのことをスタッフというようにしている。部下という呼称はいかにも偉そうだ。たまたま入社年次、経験等でポストが上というだけである。彼らがいないと仕事は何1つ進まない。自分1人では何もできない。当然業績も上がらない。


基本的に仕事は楽ではない。苦しいこと、しんどいことはたくさんある。少しでも気持ち良く仕事をして欲しい。


今日は、格好良く信永のひとりごと。


「どんな仕事でも雑にすれば、雑用になる。どんな仕事でも心を込めれば立派な仕事ぜよ。」


信永のコメント→全くそのとおりです。入社したての頃、朝早く来ての掃除、先輩の下請けの仕事、残業時の店屋物の注文取り等々雑用(と思っていました。)が納得できませんでした。その後、この龍馬の言葉を知り、穴があれば入りたいと思いました。当時(20年ほど前)、担当していたこれらの仕事にもっと魂を込めれていれば人生が変わっていたかも。いや、遅ればせながらこの言葉を知ることが出来てよかったと思います。

最初の一歩は夢を見ること、そして語ること。

その継ぎは、意識して思い続けること。追い続けること。その継ぎの継ぎは努力すること。努力し続けること。その継ぎは、夢を語り、努力する自分を褒めること、世間に発信すること。発信し続けること。その発信から感動が生まれ、感動の波が押し寄せる。そして涙があふれる。夢を感動につなぐ。この世に生を受けた使命。