薄暗い、蒼の明かりだけが頼りのその部屋に、少年が一人、立っている。
いや、違う。
ここには、もう一人、少女がいたはずだ。金髪の、長い髪がよく似合う少女が――。
だが、彼の隣には少女はいない。後ろを振り返ると、その先には、淡紫のローブを水に濡らし、顔に大火傷を負った彼女がいて。
「ッ…!」
あまりの衝撃に、少年は声が出ない。何も言えないまま、ただ、彼は少女の元へ走る。不安だけが、胸中を支配していた。
少女の顔色は、驚くほど白い。苦しそうに肩で息をし、何とか生きているような状態。その中で、彼女は、駆け寄った少年の姿を見て、笑うのだ。大丈夫、とでも言うように。
「あ…」
どうしようもない自責の念と、自分の無力さ、偽りのない事実、その全てが、彼の心を引き裂こうとする。
「おれのせいだ…」
“俺が、一緒に行こうって言ったから…”
二つの声が、重なって聞こえる。どちらも、彼の想いだ。わかっていてもどうにもならないことへの後悔、それは、己の力を過信しすぎた彼への天罰のようで。
「…オル、シ…ル…」
どこからともなく、女性の声が聞こえる。曖昧すぎて誰かはわからないが、この少女のものではない。
「いい加減に…」
今度は、はっきりと聞こえてくるその声に、怒りがこもっているのがわかる。それと共に、聞こえた微かな金属音。
「目ェ覚ましやがれッ!!」
派手な銃声。
おかげで完全に目が覚め、青年――シェオルは、ぎりぎりのところでその奇襲をかわした。目の前には、煙を上げる銃を構えて立つ、自分と同じ赤茶髪の女性の姿がある。
「てめェ、何しやが…ッ!」
鋭い紫の眼光を向けながら、有無を言わさずもう一発、弾丸をぶっ放す。それは、シェオルの髪を僅かに焦がし、壁にめり込んだ。
思わず両手をあげ、彼は弾痕を横目に凍り付く。だが、女性は、平然と銃の煙を吹いた。
「昼まで寝てるんだったら仕事しな! 今日は何の日?!」
「…高見台の当番」
「わかってンだったら、さっさと行け! 返事は?」
早口でまくし立て、彼女は銃口をシェオルの額に押し当てる。どうやら、今日は機嫌が悪かったらしい。こんな状態で、逆らえるはずもない。
「…はい、セイル姉さん」
内心で悪態をつきながらも、一応は素直に従う。力で姉に勝てないことは、シェオル自身、自覚している。
「服着替えて、飯持ってすぐ行きな!」
吐き捨てるように言うと、セイルは部屋を後にした。バン、と勢いよく閉められた扉に、シェオルは思わず苦笑する。
「あぁ、そうか…」
思わず、独りごちて姉の優しさに気付く。機嫌が悪いのではなく、きっとうなされていたであろう自分を心配してくれていたことに。
「素直じゃねェな」
言って、シェオルが笑うと、勢い良くドアが叩かれる。どうやら、まだ近くにいて、聞こえていたらしい。
――地獄耳…。
今度は胸中で呟きながら、彼はベッドから抜け出した。
またセイルに怒鳴られるのを避けて、さっさと着替えを済ませたシェオルは、腰に、祖父から譲り受けた剣を差す。
そのまま出かけようとしたのだが、机に置かれたスピナーに気付く。まるでおもちゃのヨーヨーのような、妙に黒光りする合金製のそれ。思わず、睨みつけてしまう。
「……」
一瞬の、躊躇い。
だが、それを振り切って、乱暴にスピナーをねじ込むと、今度こそ彼は部屋を出た。