もう、それは、いつのまにか習慣と化していた。
「おはよ、姫」
その声と同時に、目を覚ます彼女。そんな朝。
「おはよ、王子」
そして、お決まりの返事。
俺達が出会って、数カ月の時が流れた。
けれど、俺達は、お互い、名前を知らない。過去も、何もかも。 そういうフリをしている。
知らない方が良いこともある、それは、俺の口癖。
人間知られたくないことの一つや二つある、それは、姫のモットー。
そうして、俺達の奇妙な同居生活が始まった。
元はと言えば、姫の言葉がきっかけだった。
『助けてくれたのは感謝してる。でも、語りたくないことだってあるの』
そう言った、姫を俺は思わず凝視してしまった。まさか、そっちから申し出てくれるなんてな。
『なら、俺も何も聞かない。その代わり、俺も、何も言わない。これで、フェアだろ?』
正直、吃驚(びっくり)したのだろう。
隠されたなら知りたくなるのが人の道理、なんて言い方もするが、少なくとも、それはお互いにメリットがあった。
そして、俺は、さらに言葉を続ける。
『けれど、俺は、君に興味があるんだ。行くとこがないなら、ここに匿われてみないか?』
そんなことを、さらっと言ってのけた。
素性もわからない、自分だってどんな目に遭うかわからない、そんな女を、自ら匿おうだなんて、普通ならあり得ない。
そう、普通なら。
だが、彼女にとって、それがありがたい申し出だったのは事実で、きっと、ここを出たとして、他にあてもなく、何も聞かないでいてくれるなら、と、それを受けたのは姫の方。
どうせ、何も言わないのなら、名前も聞かない、と言い出したのは、俺の方だった。たまには、こんな生活も悪くない、そう思っている自分がいて、胸中で苦笑した。 それが、今の俺達の日常。