私は自分の子供に対して「頑張れ」という言葉を使った事がありません。

 

「もう少し練習時間を延ばしてみれば?」とか「毎日少しずつやってごらん」などの具体的なアドバイスをすることはありますが「頑張れ」という言葉はとても抽象的でいかにも精神主義的な日本特有の表現にしか思えないからです。大体「頑張れ」と言われても何をどうして良いのかちっとも分かりませんよね?

 

実際「頑張れ」にあたる英語の表現を考えても思いつくのはもっと具体的な表現です。Keep it up! (その努力を続けなさい) Hang in there! (そこで持ち堪えろ!) You can do it!(君ならできる!) なかにはGood luck! などと運頼みだったり。

 

職場で頻繁に使われる「おつかれさま」と言う表現にも違和感を感じます。職場に出向いた時にはすでに疲れていて仕事を終わったらもっと疲れていなければ真面目に働いていないと言われているようで後ろめたい気にさせます。私は冗談で「いいえ、ちっとも疲れていません!」と返しますが。

 

英語で「おつかれさま」に当たる表現を考えたら単純に” Thank you “ でしょうか。

” You must be exhausted! “と毎日言われたら病院に行った方がいいかしらと心配になると思います。

 

日本人が使いがちで実はあまり英語では頻繁に使われない表現が他にもたくさんあって、そこには日本と他の国における文化的背景の違いが見えてきます。

 

前回のブログで私がそもそも外国で暮らすことになった原因をお話ししました。日本社会に居場所を見つけられずに20代でパリに行った私が一番に連絡を取って会いに行ったのはパリ在住の精神科医太田博昭先生でした。

 

太田先生は異文化における適応障害の症状を「パリ症候群」と名付け、ヨーロッパで現地の習慣や文化に馴染めずに精神のバランスを崩した日本人のカウンセリングに長年当たってきた方です。日本の習慣や文化に馴染めないという逆輸入ケースの私の為にとても親身になってカウンセリングを重ねてくださいました。

 

ある時私が話していたら先生が身を乗り出して私の言葉を遮りました。

 

「あなたがいつも自分に使っている言葉に気が付いていますか?〜しなければならない、〜すべきだ、〜すべきだったのに。英語で言うと must , should, have to , should have ですね。これは何の言葉かわかりますか?生徒手帳の言葉です。生徒手帳の言葉に縛られてずっと生きていくことはとても疲れることなのです。これらの言葉を自分に使うことを止めてみましょう。代わりにcan,  may を使うのです。そうするうちにそれらの言葉で自分を縛ることを止めることができるようになります。」

 

Must, shouldといった表現はとても強い言葉で、英語圏では他人に使う時はよほどの拘束力や圧力を持って接する時にしか使われません。日本人は自分にも相手にも「しなければならない、すべきだ」という表現を使うことに抵抗が少ないのか、英語で話す時もこれらの助動詞を必要以上に使いがちだと私は感じます。

 

例えば観光地の張り紙などにYou must not 〜などと書いてあると軍隊みたいだなーと笑ってしまいます。「〜すべからず」の直訳なんでしょうか。(ただしコロナの自粛要請の時期にはこの表現がとっても役に立ちましたが!)

 

日本人の好きなこれらの助動詞が自分に及ぼす影響に気づかせてくださった太田先生はさらにこうおっしゃいました。

 

「長年使い慣れた言葉を使わないようにすることは簡単ではないですよ。自分の性格を変えることですからね。けれども日本語ではそれはとても難しいけれど外国語なら比較的簡単にできます。西欧人の真似をして言い訳を探すことが大事です。西欧人はいつも言い訳を探してるでしょう?」

 

私は目を丸くしました。まさに「英語スイッチ」に触れた瞬間でした。自分にも他人にもCan, may を使って「〜できる」「〜できるかも知れない」「〜しても良い」と縛ることなく自由意志を尊重する。可能性に気付かせる。言い訳をして許す!

 

英語を学ぶことは単に語学を習得することではなく違った物の見方、考え方を学ぶことです。そしてその学びからどんどん自分を進化させていくこと。しなやかになっていくこと。母国語を使う時の自分と全く違う自分を体験していると自分の中の世界が広がり外の世界も広がっていくのです。

 

そしてそうやって色んな物の見方や考え方を吸収した人たちがお互いに “ can” “may”と言いながら暮らしていく世界は” must “ “should “だけの世の中よりずっと良くなるような気がしませんか?

 

1993年 フランス・ボルドーでワインの説明をうけている私

 

⭐︎英語コミュニケーション講座講師

ニックネーム:Mack

広島大学担当