幼いころ
とても不思議に思っていたことは
どうして人って地面に線を書くのだろう
そしてその線で
ここからここまでは誰かの土地
ここからここまでは自分の土地
そこに値段をつける
それがおかしなことだと思っていた
地面は地球のもので
皆のもので
そこに線を書いて区切ること
人の持ち物にすることがおかしいと思っていた。
大人になって
世の中の仕組みが分かったけれど
実は今でもそれはおかしいとコッソリ思っている。
地面は誰のものでもなくて
この星のもので
わたしたちはそこを借りて100年にも満たない人生を体験するだけ。
値打ちがあるのは「人生」であり
線をひいた土地ではない。
線を引かなければ喧嘩もしない
ここで生きる場所を借りている
この身体でさえもお借りしているものだと解れば
領土をめぐっての争いも馬鹿馬鹿しくなる。
値打ちがあるのは物では無くて「心」なんだと思うんだけど
そんなこと思っていても世の中では通用しない、
けれど心は自由だから思う事は自由。
はじまりがあって
おわりがあって
生まれてきて死んでいく
老いていくことも
自然のことで
それでなければ
それは命とはいえない・・・。
ほんとにそう思う。
生まれるのと
死ぬのと
どちらが勇気が要るかって
たぶん産まれるほうだと思う。
覚えてないけど。
生まれたこと
生まれるということには
当然、死んでいく・・ということが
もう含まれていて
その了解無しで生を選ぶことって無いのではないか
身体は生もので
使用期限もあるし
期限過ぎたら地球に居られなくなるし
そう思うと
いま自分が出来ることって何だろう
と、真剣に考える
残り時間が日々少なくなっているのは
誰でも同じで
それをどうやって使うか
今までやってきたことを
どうやって世界に返していくか
かといって
毎日全力投球で生きてたら燃え尽きてしまうから
ゆっくりダラダラも必要で
そしてやるときにはやる!
そんな風にいきたい。
我慢して生きるのも止めて
嘘ついて生きるのも止めて
世界最大の謎である自分の中を旅していく。
それがとてもおもしろい。笑