パパが女(アリッサ)になったとき LA発LGBTトランスジェンダー家族日記 -13ページ目

パパが女(アリッサ)になったとき LA発LGBTトランスジェンダー家族日記

「タイランドのトムクルーズ」とママ友からもてはやされたイケメンパパがある日突然「MTF(トランスジェンダー女性)である」とカミングアウト。苦労や苦悩もあったけど、私たち家族は大丈夫。LAから体験記を発信してきます。

Hello from LA.

 
こんにちは。南カリフォルニアでトランスジェンダーのパートナーと娘2人の家族4人で楽しく暮らしている高山愛です。
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時とともに変わっていくアリッさ。中期のころは気合いがはいりすぎちゃってるかな。
 
 

「人の不幸は蜜の味」

「人の不幸で飯がうまい」

 

昔、意地悪ばあさんたちがそう言いました。

 

わたしもその意地悪ばあさんの1人。だって「わたしはあの人に比べて幸せ」って思いたいもの。優越感に浸るのは気持ちいいもの。不幸な人のうわさ話に花を咲かせるの、めっちゃ楽しいし。

 

 

さてさて、今回は周囲の反応、ママ友&友人編

 

 

まわりのママさん、わたしの友人はどんな反応をしたのでしょうか?

 

FBでパートナーが「わたしは女(アリッサ)になりました」宣言をしたとき 。わたしは考えました。

 

「夏休があける9月にはきっと噂はトーランス中のママに知れ渡っているはず。どうしよう?」

 

そしてわたしは決めました。しらを切り通すことに。聞かれるまで何も言わない。何もなかったように普通にやり過ごす。

 

話の展開がアリッサのほうに向かったら、話題を変える、もしくはその場を去る。

ママ友が輪になって和んでいても、絶対なかにははいらない。

 

 

苦肉の策。なんだか無理矢理。でもそれしか考えつかなかった。

 

だけど、しかし、でも。

 

 

9月になり新学期がはじまっても何も変わらなかった。学校行事にアリッサが中途半端で微妙な格好で現れても、誰も何も言わなかった。

 

わたしは疑心暗鬼になっていただけなのかもしれない。

 

「人の不幸は密の味」、「みながわたしたち家族の不幸を楽しんでいる」と、 勝手に思い込んでいたのかもしれない 。

 

けど、実はみんな優しくて、温かくて、わたしたち家族のことをそっとしておいてくれた。多分、どうなぐさめてよいかわからなかったのですね。わたしが気にするほど、人はわたしたちのこと気にしてなかったのかな。

 

今は声を大にしてママ友のみなさんに言いたい。

 

「そっとしておいてくれて、ありがとうございます」

 

あの時、わたしは慰めの言葉なんか欲しくなかった。

 

優しい言葉をかけられたら絶対号泣してた。「家なき子」の安達祐実にみたいに「同情するなら金くれ」って叫んでた。

 

泣くのは同情されるのがくやしいから。わたしは何も悪いこと、間違ったことしてないのに、「かわいそうな愛さん」って思われるのが死ぬほどくやしかった。

 

だからわたしが口を開くまで、そっとしておいてくれて本当にありがとう。ママ友ってわるくないね。

 

今日はここまで。明日は友人の反応。

 

昔からわたし友人ってほとんどいません。いなくても平気だった、エイタス(今のアリッサ)がいたから。

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驚くなかれ。最近アリッサはポールダンスをはじめました。何になりたいのかな?
 

わたしが働くジムに通うインド人のご夫婦の話。ご主人が若年性痴呆症を患らっており、奥さんが彼のお世話をしています。奥さんはときどきわたしのもとにやって来て、胸の内を語ります。「彼の記憶のなかから自分が消えていくのはつらいけど、彼が日々、違う人間になっていくのを目にし、感じるのはもっとつらいと」。

 

つらさとか苦労は格段違うと思いますが、うちと似てるなって思うんです。

 

以前のブログで「名前が変わり、彼はいなくなった」と書きました。でもそれは間違い。名前を変えたからといって、夫であり、父親であったあの人がわたしたちのなかからぱっと消えるのではない。 少しずつゆっくり姿を消していくのです。それはとてもつらく、悲しく、切ない経験です。

 

 

さて、今回はアリッサのカミングアウトに対する周囲の反応、娘編3。娘たちは父親(であった人)の変化に羞恥心、憤りを感じ、アリッサに反抗するようになります。

 

 

娘のサッカチームの7歳児からの質問攻めで、タジタジになったわたしたち。

 

 

「悲しみに打ちひしがれてる場合じゃない」。

 

わたしは深く反省し、帰宅後、家族で話し合いをしました。

 

1、 娘たちは、今後「ダディー」と呼ぶのをやめて、アリッサの語尾を取って「リス」と呼ぶ。

 

2、友達からアリッサとの関係を聞かれたら父親ではなく「親戚のおばさん」または「マミーのベストフレンド」とする。

 

娘たちのアイデアでした。

 

 

アリッサは子供たちに自分を“mom”と呼んでほしかったようですが、これはわたしが速攻却下。

 

母親はわたしだけ。ずうずうしいにもほどがある 。そうじゃないですか?(そうだ、そうだと言っていただけたらうれしいです)。

 

 

この日を境に娘たちは自分の父親(であった人)を見る友達の目を気にするようになりました。

 

アリッサが学校の行事に参加することを拒むようになり、お誕生会やプレイデート、サッカーの練習のときのお迎えなども、母親のわたしに来てほしいと懇願するようになりました。

 

 

友達にアリッサと一緒にいるとこところを見られたくなかったのです。

 

こんなとき、わたしのすべきことは単純明快。

 

「大好きなアリッサを誇りに思いなさい」 。「堂々と胸張っていなさい。アリッサは何も悪いことしてないのだから」と娘たちを諭すこと。そしてアリッサの気持ちをくんでアリッサにもっと優しくしてあげること。

 

でも、あのときのわたしはそれができなかった。娘たちの「恥ずかしい」という気持ちが手に取るように、痛いほどわかったから。

 

 

アリッサは 以前と同じように、学校の行事に参加したいし、時間の許す限り娘たちの送り迎えをしたい。

 

娘たちはアリッサの気持ちを傷つけたくないから、彼女には直接「来ないで」と言えず、「アリッサにバレないようにマミーだけに来てほしい」と懇願する。

 

アリッサと娘の双方の気持ちの板挟みになって、わたしは苦しみました。

 

 

アリッサはその頃、化粧、ヘア、ネイル、ファッションなど、変身術を見に付けることに夢中で、休日はYouTubeに釘付けでした。

 

 

カミングアウトの前わたしが仕事で家を空ける週末は、娘たちを外へ連れ出し、サッカーやテニスをしたり、 水族館や動物園へ出掛けたり、なによりも子供たちとの時間を優先していたのに。

 

カミングアウトを機に父親としての責任を放棄して、変身術に夢中になるアリッサ。

 

 

変わっていくアリッサに、娘たちはどんな気持ちを抱いたのでしょう。

 

娘たち、特に長女はアリッサを無視したり、注意を受けると反抗するようになりました。

 

以前はふたりともパパっ子で父親にまとわりついていたのに、わたしに甘えるようになりました。

 

この頃の我が家の空気はどんより暗かった。わたしは太陽ママになって、家族みなの気持ちをぽかぽか温かくして、娘たちに心地よい場所を与えてあげなきゃいけなかった。でもね、できなかったんです。無理してがんばってみたけど、やっぱり太陽ママにはなれなかった。 わたし自身が暗闇をさまよってた。

 

この暗黒時代はやがて終焉を迎え、娘とアリッサの関係は修復されます。娘たちの第三ステージ、仲直り期についてはまたいつか書きたいと思います。

 

次回はわたしのママ友と友人の反応。ママ友と友人って同じですか?同じじゃないですね。

 

 
 
 
 
 
次女。
 
 
ビーガンのアリッサのためにリンゴとシナモンのケーキ作ってます。
 
 
ビーガンカフェを経営したいんですって。
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宇宙から来た青青人(せいせいじん)こと、アリッサ。
人間離れしてるねえ。

 
仲良し姉妹
 
 
 

占いの大先生から「この姉妹の絆はとても強く、相性が超抜群。ふたりでビジネスをしたら大成功を納める」と言われました。母はうれしい。

 

 

前回からの続き。アリッサがカミングアウトした後の娘たちの反応。

 

 

父親のカミングアウトを祝福し、女性へのトランジションを応援していた娘たち。

 

9月のある日の出来事を境に娘たちは父親のカミングアウトに羞恥心や憤りを感じ、アリッサに密かに反抗するようになります。

 

アリッサがカミングアウトしたのは夏休みのはじまる1ヶ月前。アメリカの夏休は6月の終わりから9月のはじめまで。

 

 

長い夏休の間、アメリカの子供たちは何をするのでしょうか?



サマースクールやサマーキャンプに参加。家族旅行。友達のお宅や自宅で遊ぶ(アメリカではこれをプレイデートといいます)、などなど。



 

娘たちもサッカーキャンプにアートキャンプ、プレイデートにビーチでの水遊びなど、長い夏休を満喫していましたが、基本的に家族で行動することが多く、カミングアウトしたアリッサが娘たちの友達に会うことはほとんどありませんでした。

 

 

この夏休みのあいだに服装、メーク、髪型とアリッサの外観は、じょじょに女性らしく変化していきます 。ただ、トランジションの途中で、すべてが中途半端。アリッサのことを知らない人が彼女を見たら「この人は女性?男性?」と首を傾げるような微妙な感じでした。

 

 

何事もなかったように平和に過ぎていった娘たちの夏休。そして新学期がはじまり、放課後の習い事や週末のサッカーなど、あわただしい日常が再開します。

 

 

娘たちは幼い頃からサッカーチームに所属していました。シーズンは9月から11月。平日に練習して、毎週土曜日は試合があります。

 

試合の日は、両親はもちろん、おじいちゃん、おばあちゃん、時には親戚一同が応援にかけつけ、賑やかなゲーム観戦になります。

 

アリッサもわたしも土曜のサッカー観戦を毎年楽しみにしていました。



 

ある日の出来事。試合の合間の休憩時間にわたしたち家族のもとに娘たちのチームメートが集まってきました。(わたしたちは大きなピクニックシートを広げていたので、みなこのピクニックシートに座りたかったのだと思います)。

 

1人の女の子がアリッサのネールを見て聞きました。

 

「この人は誰?」

 

当時7歳だった次女がためらいもなく答えました。

 

「わたしのダディーだよ」。

 

「どうして男なのに、爪にマニキュアしてるの?」

 

「どうして髪の毛が長いの?」

 

「どうしてショートパンツはいてるの?」

 

7、8歳の女の子たちから質問の嵐。

 

私はスタンガンで撃たれた悪人のように、戦闘不能になりました。心に激痛が走って。

 

 

正直、どう答えてよいかわからなかった。こういった質問に応える準備がまだできていなかった。アリッサに救いを求める視線を送ったけど、アリッサも困った顔をするだけ。

 

咄嗟にわたしは「ニーシャ(次女のミドルネーム)のダディーはアーティストだから、みんなのダディーとはちょっと違う格好するんだよ」とうそをつきました。

 


罪悪感。

娘の前でうそをついた。

 

悲しみの海の底に沈んた悲劇のヒロインぶって、泣いてばかりいたわたしは、一番大切なことを忘れていました。


 

「子供たちを周囲の好奇の目から守る」事前対策。

 

 

長くなるので続きは明日。思いやりがあり、しっかりした娘たちですが、父親の変化、友達の好奇の目、悲しみに沈む母親を目の当たりにするのはとてもつらかったはず。怒って、反発するのは当たり前よね。


娘たちよ、怒りの鉄拳を母ちゃんにぶつけてこい!いくらでも受け止めてあげるから。

 

サッカーで体を思いっきり動かして、ネガティブな気持ちも汗と一緒に流してしまえ。
 

 

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いつも仲良し。日本へ帰省したとき。わたしの両親には知らせてなかったので、このときは中性的な格好してます。
 
 
 

「人間関係ってジグソーパズルみたいだ」と思ってます。

 

複雑で大きなパズルを持ってる人もいれば、シンプルで単純なパズルを持ってる人も。

 

子供ができるとパズルは複雑化して大きくなる。

 

 

 

アリッサのカミングアウトも、もしわたしたちに子供がいなかったら、それほど大ごとにならずに済んだかもしれない。

 

でもわたしたちには望んで授かった美しい娘が2人いる。

子供が育つ過程でアリッサとわたしのパズルはドンドン複雑化して大きくなっていました。

 

 

お互いの両親、親戚、友人、同僚、ご近所さんに加え、娘たち、その友達、ママ友、学校の先生、学校外のアクティビティーで関わる人たち。

 

 

アリッサがカミングアウトした後、美しく均衡を保っていたわたしたちのジグソーバズルがグシャッと崩れたわけです。

 

グチャグチャに崩れた醜いパズル。わたしたちは崩れたパズルを、時間をかけて修復していかないといけない。

 

 

今回から、カミングアウト後の周囲の反応とわたしたちの対応を数回にわけて書いていこうと思います。

 

 

まずは娘たちから。

 

 

日本人のママ友から昔受けた忠告:「ママ友からつまはじきにされるから、人前で自分の子供を自慢話しちゃダメ」。

 

 

嫌われてもつまはじきにされてもよい。わたしは娘たちを誇りに思っているので、みなに胸を張って子供自慢。

 

わたしたちの娘たちはいい子です。

 

カミングアウトの後にさらに強く感じてます。強くてとてもいい子です。

 

 

さてさて、娘たちの反応

初期:アリッサのカミングアウトを喜び、応援、サポート

中期:反発、拒否、怒り、喪失感 

現在:あきらめ、受け入れ、仲直り、仲良し

 

まずはカミングアウト直後(初期)。娘たちはアリッサのカミングアウトを母親のわたしが驚くほど、素直に受け入れました。 父親の決意を祝福し、応援しました。

 

「子供は順応性があるから」という人がいるかもしれません。

 

でもわたしは、カミングアウト以前の父親との関係が鍵だと思っています。

 

アリッサは包容力があり、忍耐強く、優しい父親でした。娘たちと一緒にたくさん遊び、たくさん本を読み聞かせ、娘たちの話にいつまでも耳を傾けいた。学校行事には、仕事を休んででも必ず参加していた。娘たちは父親が大好きでした。

 

以前のブログでも触れましたが、パートナーがトランスジェンダーだという事実を聞かさたのは娘たちからでした。

 

そのときのわたしのパニックぶりに娘たちはびっくり仰天したようです。

 

「ダディーが女の人になることのどこがいけないの?」といった感じに。

 

アリッサはカミングアウトの後、メークアップのスキル、髪の毛のアレンジ、女性らしいファッションを必死で勉強していました。娘たちは、 父親が変化していく過程を一緒に楽しんで、アイメークに、三つ編みに、朝の服選びにと、率先して、アリッサを手伝っていました。

 

 

その頃、わたしはよく家族に隠れて、トイレや寝室でよく泣いてました。バレないようこっそり泣いてたのに、娘たちに見つかってしまうこともしばしば。

 

 

泣く母親の姿に混乱する娘たち。

 

「ダディーのこと、どうして一緒によろこんであげられないのだろう?」

 

「マミーは何をそんなに悲しんでいるのだろう」。

 

そのとき、娘たちは「大好きなダディー」が少しずつ姿を消して、しまいにはいなくなってしまうことに気付いていなかったのです。

 

 

父親をサポートし、応援していた娘たちですが、父親の変化に気付いた 友達の反応を敏感に感じ取ってからは、アリッサに対する態度が変化していきます。

 

 

子供は無邪気で残酷。疑問に思ったら相手の気持は考えずにストレートに質問をぶつけてくる。

 

 

明日は娘たちの気持ちの変化(中期:反発、拒否、怒り、喪失感) 

について書きます。

 

 
 
 
 
 
難しい時期を乗り越えて取り敢えず今はイイ感じ。
長女はアート、次女は料理が好きで、アリッサはビーガンなので、将来は家族で「ビーガン・アートカフェ」をしたいんだって。
あなたたちはいい子だから、きっと夢は叶うよ。
 
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カミングアウトが5月。半年後のアリッサ。どちらかというとナチュラルメークで初々しい。
 
 

今回は「FB憤激事件」の後半です。

 

 

長女が生まれた直後から、日本人ママとの付き合いが大の苦手で、なるべく目立たないようにひっそり、こっそり行動し、ママ友とは「付かず離れず」、「広く浅い」関係を保ってきたわたし。

 

 

幼い頃、母親から「出る杭になって人と違うことしなさい」と言われ育ったわたしですが、トーランスの日系社会で「出る杭」になりたくなかった。

 

アリッサのカミングアウトは2016年の5月。娘たちは7歳と9歳。育児がだいぶラクになり、マッサージセラピストの仕事が充実しはじめ、「仕事してるから、ママ友との関係はテキトーでいいや」って思えるようになってきた頃でした。

 

 

 

 

以前にも触れましたが、アリッサがカミングアウトしたときの一番強い感情は羞恥心恐怖心。ママ友に知られることが恥ずかしかった。ママ友の反応を予想するだけで、恐怖心で身震いがした。

 

「愛さんのだんなさん、前からオネエっぽいって思ってたけど、ついに女性になっちゃったんだって」。

 

噂話で盛り上がるママ友の声が幻聴として聞こえてしまうくらい、わたしはママ友の反応が怖かった。

 

 

狭い日系社会、いずれは知れ渡るだろうことは予想していましたが、なるべくなら知られたくなかった。隠し通せるなら隠していたかった。

 

 

 

アメリカの夏休みは6月にはじまり、約3ヶ月続きます。長い長い夏休み。アリッサのカミングアウトは衝撃のノックアウトでしたが、夏休みの3ヶ月間はママ友と顔を合わせずにすむ。

 

それなのに、それなのにあのいまわしい「FB憤激事件」は起きてしまったのです。

 

 

 

 

夏休みも終焉に近づいた8月のある日。いつものように携帯をチェックすると、異常な数のテキストとメールが。 

 

 

みな同じような内容で「びっくりしたよ」「エイタスにとってはよいことだけど、愛はだいじょうぶ?」。英語のお友達からは “Congratulations to Sripan family”.

 

わけがわからなくなり、友人に電話して、メッセージの意味を聞く。

 

友人:「Facebook見てないの?」

 

わたし:「???」

 

急いでFBを開けると、アリッサの「念願かなって女性になります。新しい名前はアリッサです。職場でも大歓迎を受けました。みなさん、ありがとう。トランスジェンダー万歳!」的な英語のポストが。

 

 

このFBのポストを見たときのわたしの気持ち、想像つきますか?

 

 

アリッサはソーシャルメディア好きで、わたしの友人知人にも誰かれかまわず友達リクエストを出すので、わたしたちには80人以上の共通のFBフレンドがいました。日本人のママ友もたっくさん。

 

 

ママ友5人がこのFBポストを見たら、1週間後にはトーランス中のママに広がっちゃうくらいソーシャルメディアってパワーがありますよね。

 

わたしの気持ち。それは高田純次に早朝バズーカでアタックされる被害者の気持ち。

 

寝耳に水いれられる被害者の気持ち。

 

 

 

わけがわからなくてアワアワした後に、事の次第がわかり、 怒りが大爆発するんです。

 

最初に買い物依存症によるクレジットカード借金返済事件、次にカミングアウト、さらには「FBでみんなに告白」事件。

 

 

アリッサに復讐されてる気がしました。わたしが長い間好き勝手をして、あの人をほったらかしにして、威張って、偉そうにしてたから、こんな形で大復讐してるんだと思いました。

 

 

無神経で残酷な人だと思いました。

 

 

首根っこ掴んで、振り回して、遠くの無人島まで、ハンマー投げみたいに投げ飛ばしたかった。

 

 

隠し通せるなら隠しておきたかったのに。

 

 

電話で問い詰めると “I am very sorry.  I never expected  that my FB post would cause you trouble”. 「ごめんね。自分のポストが愛に迷惑かけるなんてちっとも思わなかった」とアリッサ。

 

 

マジですか。わけわかんない。

 

 

わけがわかんないけど、なんとなくわかる。

 

 

つまり、アリッサはずっと女性になりたくて、やっとカミングアウトして、晴れてみなに歓迎されて、女として生まれかわったけど、彼女の脳みそはまだ男性脳だったんです。

 

 

男性脳:目先のことしか見えず、先の事を読む力に欠ける。

 

 

アリッサは、職場のみなの前でカミングアウトして、新しい名前も発表して、みなに歓迎されて、うれしくって、うれしくって、そんで家族にどんな迷惑がかかるかなんてちっとも考えずに、わたしに一言も相談せずにFBで大好評しちゃったんです。

 

愚か者。でも悪気はなかったのよね。

 

 

今となっては笑い話。でもあの時はつらかった。お先真っ暗。どうしてよいかわからなかった。 子供とか仕事とか、ほったらかして、どっかに消えてしまいたかった。

 

 

その日のうちにアリッサにFBのポストを削除してもらい、わたしはアリッサを自分のフレンドリストから除外しました。

 
 
 

女性脳について描いた映画、タイトルはずばり、"Female Brain". トランスジェンダーのパートナーを持つ女性として、この映画見るとおもしろい。トランスジェンダーの人たちの脳はどっちよりなのでしょうか?

 

 

 

 

あー、書いたらすっきりした。

 

怒り狂ったわたしですが、今考えると、あれはあれでよかったのかな。どうせ知れ渡っちゃうわけだしさ。あの時、わたしは弱かった。でも今は違う、マサ斎藤みたいに強いから、何が起きたってへっちゃら。

 

 

次回からは、アリッサがカミングアウトしたときの周囲の反応。娘たちの反応から。うちの娘たち、できた子供です。わたしの自慢の娘たち。
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このアイメークはピーコック(くじゃく)をイメージしてるんだって。
 
 

今回はわたしを怒り狂わせた「FB憤激事件」。(長くなるので前半、後半にわけて書きますね)

 

 

この憤激事件を書くにあたり、どこから書き始めてよいかとても迷ったのですが、

まず、わたしたちが住んできた街について触れておきたいと思います。

 

 

オハイオ州の大学を卒業後、オハイオにアリッサを置き去りしにして、わたしはロサンゼルスに移住。ロサンゼルスのダウンタウンにある日系企業で就職しました。

 

当時は家賃が安くて通勤が便利という理由で、コリアタウンに位置し、韓国人女性が営む寮みたいなところで生活していました 。

 

 

家具付き、夕食付き、家賃月300ドルの激安ハウス。眠らない街コリアタウン。 宵越しの銭は持たず、激しく遊ぶ韓国人。コリアタウンは楽しい思い出がいっぱい。

 

今でもコリアタウンに行くと、若かりし頃の思い出が溢れ、血が騒ぎ、暴れたくなります。といっても45歳になった今では、焼き肉食べたり、コリアンスイーツ食べたり、暴食するだけなのですが。

 

 

その後、遠距離恋愛していたアリッサのLA転勤が決まり、ふたりでウエストハリウッドに移り住みます。 ゴージャスな名前に惹かれたから。憧れのメルローズ・アベニューに近かったから。単純な理由で住処を決めました。若かったから何も怖くなかったのね。ウエストハリウッドがゲイの街だなんてちっとも知らなかった。

 

 

あの頃、アリッサは近所のジムでも、通りを歩いているときも、店で買い物してるときもゲイの男の子たちに追いかけられて、かなり苦労したようですが。

 

青春と自由を謳歌していた若いふたりにぴったりのヒップでホップな街でした。

 

 

その後わたしは、トーランスにある会社に転職。偶然、同時期にアリッサも本社からトーランス支社に移動が決まり、通勤に便利だという理由でトーランスに引っ越しします

 

 

前にも触れましたが、トーランスは市の人口の日本人または日系人の占める割合が10%を超えると言われる、ジャパンタウンです。

 

日系企業が集中しており、和食レストラン、日系食料品店、日本語補修校、塾にヘアサロンに文化センターとなんでも揃っていて、日本人が安心して生活できるとても快適な街です。

 

治安もよく、育児をするには最適なファミリータウン、トーランス。

 

しかし、わたしにはちと息苦しかった。トーランスの日系社会は狭く、日本人同士が密に繋がっていて、噂は一気に広まるから悪いこと、間違ったことはできません。

 

 

子供が生まれる前はましだった。それほど窮屈さを感じなかった。仕事が充実してたし、独身の女友達とつるんでいたので。

 

 

長女が生まれたとき、わたしたちは「育児はトーランスで」と決めました。なぜなら、日本語環境の整った街で育児して、子供たちに日本語をしっかり身に付けてほしかったから。日本語の幼稚園に通わせたかったから。現地校に通っても補修校で日本語学習を続けてほしかったから。

 

でもね、子供ができて、ママ友とのお付き合いがはじまってから気付いてしまったのです。

 

わたしは日本人ママとの関係にどうしても馴染めないこと。がんばって馴染もうとしてもなぜかはみ出してしまうこと。

 

無理して日本語幼稚園のママ友ランチ会に参加したりするとどっと疲れてしまうこと。

 

「自分の子供の自慢をすると嫌われるからやめなさい」と親切な友人に忠告を受けても、どうしてダメなのかわからず、ついつい自慢してやっぱり嫌われること。

 

 

選択はいくらでもあったはず。他の街に引っ越しするもよし。日本人ママとの関係をすっぱり断って、孤高の人になるもよし。でも、娘たちは日本語幼稚園に馴染んでいたし、娘たちが仲良くしているのはみな日本人の子供たちだったので、そいういうわけにもいかなかった。

 

 

そしてわたしは解決策を見い出したんです。「出る杭になってはいけいない」「なるべく目立たぬようひっそりやり過ごそう」と。

 

 

間違いを繰り返し、失敗からたくさんのことを学び、わたしは日本人ママと上手に付き合う術を身につけたのです。「付かず離れず、広く浅く」。「よくよく考えてから言葉を発する」。

 

 

それなのに、それなのに、あの人は、ものの見事にぶち壊したんです。

 

Face book というソーシャルメディアを通して、あの人はわたしが時間をかけて築き上げてきたものをぶち壊した。

 

トランスジェンダーであることはもういいんです。しょうがない。あの人が自分の気持ちに正直になっただけ。わたしにとっては苦しくつらい出来事だったけど、いづれなんとかして受け入れようと思ってました。

 

しかし、しかし、クレジットカード借金返済事件、カミングアウト事件に引き続き、あの人はとんでもない大間違いを犯した。わたしに黙ってひどいことした。

 

書き疲れたので続きは次回。あの憤激事件を思い出すと怒りで鼻血がでそう。今となっては笑い話だんだけど、こうやって書き記しいくとリアルにあのときの気持ちが蘇ってくるので、そういうときは寝るに限る。

 

みなさん、おやすみなさい。
 
 
今日のコスプレはなんだか中途半端ね。有給休暇2日もとってアニメコンベンションに行くなら、しっかりコスプレすればいいのにね。
Hello from LA
 
 
アリッサは今日、有給休暇を取ってアニメコンベンションに行きました。このキャラは誰だ?
 
 
 

重大なことに気付きました。

 

自分の心境を延々と書き綴ってきましたが、アリッサの気持ちにはまったく触れてなかった。カミングアウトの前、カミングアウトの直後、アリッサは何を考え、何を思っていたのか。

 

思い返せば、いつもそうだったのかも。付き合い始めた頃からずっと、”Me, me, me”って自分の意見ばかり主張して、あの人の気持ちに耳を傾けてあげなかった。

 

ごめんなさい。アリッサ。

 

 

ということで、「FB憤激事件」は次回にして、今日は「アリッサのあの頃の気持ち」について書きます。

 

朝、アニメコンベンション参加のためコスプレ準備をしているアリッサに質問して、夜まとめました。

 

 

カミングアウトの前

トランスジェンダー専門のセラピスト、ケイシーのオフィスに通い、カウンセリングを受けていた頃。アリッサの心は混乱、不安、迷いで溢れてた。

 

 

自分は本当にトランスジェンダーで女性になりたいのか。それとも女装が好きなだけのクロスドレッサーなのか。

 

 

そのことをケイシーに相談すると、「あなたがもし毎日『女性になりたい』と切実に願っているなら、あなたはトランスジェンンダー。『女装をしたい』とたまに願うだけならクロスドレッサー」と言われ、自分が間違った体で生まれてきた女性であり、トランスジェンダーであることを確信する。毎日願ってたから。女になりたいって。

 

当時は自分の悩みを誰にも相談できず、1人もがき苦しんでいたので、セラピストのケイシーとのセッションだけが、自分が自分らしくいられる息抜きの時間だった。

 

 

 

カミングアウトに関して

ケイシーから「子供に伝えるタイミングは年齢が低ければ低いほどよい」、「子供は大人が思うよりずっと順応性がある」と何度も説明を受けていたので、娘たちに打ち明けることはなんのためらいもなかった。

 

娘たちとの絆が強く、よい関係を保っていたので、「何があってもだいじょうぶ」という自信があった。

 

 

友人へのカミングアウトもあまり心配していなかった。友人を信頼してたので、彼らが受け入れてくれることに自信があった。

 

 

 

両親に対しては、厳格な父親は反対し、優しく穏やかな母親は受け入れてサポートしてくれるだろうと思っていた(実際は逆でした)。

 

 

一番怖かったのは妻であるわたしに告白すること。「理解してくれるのか」、「離婚を切り出されるかもしれない」、「怒り狂うのではないか」という不安と恐怖。クレジットカード借金返済でつらい思いをさせたので、さらなるショックを与えることへの罪悪感も強かった。

 

 

トランスジェンダーに関するたくさんの本や資料に目を通し、「カミングアウト後に家族、友人、仕事、住む場所を失う人が多く、鬱になったり、自殺する人も多い」という事実を知っていたので、不安はあったが、もう騙し続けることができなくなっていた。

 

 

 

カミングアウト直後

 

娘たちは父親がなりたかった本来の自分になれることを素直に喜んでくれた。

 

友人や同僚は温かい言葉で祝福してくれた。

 

妻は予想通り、怒って悲しんだけれど、「このまま一緒に子供を育てよう」と

言ってくれた。時期が来たら受け入れて、応援してくれるという希望があった。

 

トランジションが平和に進み、自分はとても幸せだと感謝する。

 

 

これからは、堂々と自分らしく振る舞えるという事実に心が浮き立った。

 

 

後悔することがひとつだけあり、それは妻より先に娘たちに事実を知らせたこと。

 

 

ある日曜日の朝、トランスジェンダーについてわかりやすく説明した"I AM Jazz"という絵本を娘たちに読み聞かせた。

 

Jessica Herthel著 "I AM Jazz"

 

 

理由は「世の中にはいろんな人がいて、人と違うことは悪いこと、恥ずべきことではない」ということを娘たちに話したかったから。ストーリーを読みすすめるうちに娘たちから「ダディーはトランスジェンダーなの?」と聞かれ、正直に話しをした。

 

そのとき、娘たちが自分のいない場所で母親に事実を伝えるとは思いもしなかった。妻のわたしには自らきちんと説明をするつもりでいた。

 

 

夫からではなく、娘たちから事実を聞かされた妻の気持ちを思うと、今でも胸が痛む。すまなかったと思う。

 

 

 

今朝、アリッサはちょっと涙目になりながら「こうやって、愛といろいろ話ができて幸せ」と言いました。

 

 

わたしは今まで「 話なんて聞いてやるもんか」って、意地を張ってたけど、今日は アリッサの心の中を知ることができて幸せでした。怖かったんだね、わたしのこと。やっぱりね。正直に話してくれてありがとね。

 

ということで、次回は妻こと高山愛の怒り炸裂。「FB憤激事件」、怒れる妻は鬼より恐い。

Hello from LA.
 
30分でブログを書くのが目標ですが、そういうわけにはいかんのー。
 
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付け睫毛つける練習、がんばった甲斐あって、いい感じのアリッサ。
 
 
 
 
 
アリッサのオフィスで開かれたLGBTQの集まり。サポーターの人たちも含めた集合写真。アリッサはどこ?
 
 

今日はアリッサの職場でのカミングアウトについて書きます。

 

アリッサは、CBREという世界最大手の商業用不動産を扱う会社で働いています。世界中に450のオフィスを展開する大規模な会社です。

 

2009年にCBREロサンゼルスオフィスにて、”LGBT & Allies”というLGBTをサポートする組織が始動され、今では300人 (LGBT当事者以外に彼らを支援する従業員も含めて)がこの組織に所属しているそうです。

 

LGBT friendly companyとしてもよく知られた会社で、定期的にLGBT支援を目的にしたセミナーやワークショップが開催されてます。

 

 

社員のカミングアウトを、会社側がサポートするシステムが既にできあがっていたので、アリッサはとても幸運だったと思います。

 

 

以下、アリッサが職場で正式にカミングアウトするまでのプロセスを書きます。

 

 

わたしたち家族にカミングアウトしたのが2016年5月。

 

 

6月中に同僚ひとりひとりに「 自分がMTF (Male to Female )トランスジェンダ−であること」をカミングアウトする。

 

 

7月に人事課に、そして8月半ばには上司に伝える。

 

 

8月の終わりに、アリッサが仕事で関わり合いを持つ従業員全員が集められ、 オフィスのミーティングルームにて「アリッサの今後」についてミーティングが開かれる。進行係はアリッサの上司と人事課からの代表者。

 

 

ミーティングで人事課代表がみなに説明したこと。

 

1、アリッサが今後、女性用のトイレを使うこと

2、「エイタス」という名前を使うのはやめて、「アリッサ」と呼ぶこと

3、三人称を使う場合 “he” ではなく“she”とする

4、「手術をしたかどうか?」という質問は禁止

 

職場の仲間から、「本来の自分になれてよかったね」と大々的に祝福され、歓迎され、その日から「エイタス」は「アリッサ」になったのでした。

 

君に幸あれ。理解ある上司、同僚に恵まれて、アリッサは幸せ者よ。

 

 

明日は浮かれすぎて大失態をおかし 、わたしを激怒させた「アリッサのFB事件」について。


 

 

Hello from LA.
 
 
 
いつも、LAって書いてるけど、わたしたちはカリフォルニア州のトーランス市に住んでいます。日本人と日系人を合わせた人口が市全体の10%以上を占める、知る人ぞ知るのジャパンタウン。生活面でとても便利ですが、息がつまることもたくさん。悪いことはできません。
 


カミングアウト直後から、中毒のようにメークテクを研究してました。アイメークが上手で、ヨガ仲間から、「メークして」って頼まれたりするんだって。

 

 

 

お約束のひとつ。「服装は常識を考えて」。初期は忠実に守ってた。かわいいお顔。ノーメークのほうがかわいいのに。

 

 

 

男時代の青いSUBARU、今でも乗ってます。きれいなアリッサが男らしい車乗ってたら、男性はドキッとするでしょう。パーキングでよく男性から声をかけられるんだって。よかったね。
 
 

今日はカミングアウト直後にアリッサと交わした約束について。

 

 

アリッサと話し合いをするの、正直イヤでした。億劫だった。怖かった。でも自分のためにも、娘たちのためにもどうしても確認しておかなければならないことがあったので、自分で自分の背中を押して、話し合いをしました。

 

約束1

性別適合手術は受けません。

 

アリッサは、採血されただけで気を失ってしまうくらいの痛がり&怖がり。タイランドで整形外科医をしている父親から、手術の痛み、術後の痛み、副作用、薬を取り続けることのリスクについてしっかり説明を受け、手術は受けないことに決めたそうです。

 

 

 

約束2

性的指向は女性のみ。ボーイフレンドは作りません。

 

「自分はレズビアンで女性にしか興味がない」。「自分が愛してるのは愛だけなので、他の男性にも女性にも興味はない」とアリッサは言いました。

 

今でも周囲の人たちから「アリッサにはボーイフレンドがいるの?」とよく聞かれます。「女になったのだから、男が好き」という発想。わたしもカミングアウト直後、同じように考えてました。

 

アリッサにはボーイフレンドがいません。男性には惹かれないそうです。なぜなら、アリッサはMTF (Male to Female つまり男性から女性になった)トランスジェンダー・レズビアンだから。

 

ややこしいですね。性的指向とジェンダーについては別のブログで触れたいと思います。

 

 

約束3

服装は常識を考えて。家族に迷惑かけません。

 

わたしはアリッサに「1人で出掛けるときや、友達に会うときは好きなように着飾ってよいから、家族で出掛けるとき、娘たちの学校のイベントのときは中性的な服装でいてほしい」と頼みました。

 

アリッサはあっさり承諾して、「しゃがむかことが多くて、仕事の邪魔になるから 職場でもスカートははくつもりはない」と約束しました。

 

 

約束4 

無駄使いしません

 

買い物依存症だったアリッサ。ブランド大好き。安物は絶対身につけないアリッサ。

 

服に靴にメークアップにヘアケア、スキンケア、ネイルケアなどなど。「ゼロから女性になるには、莫大なお金を費やす事になるのでは?」と危惧するわたしにアリッサは「だいじょうぶ。最低限の物が揃えば、それで満足だから」といいました。

 

 

「約束は破るためにある」と人は言う。あってないような口約束。アリッサはあのときの約束、覚えてるのかしら。覚えてないだろうなあ。

 

 

次回はアリッサの職場でのカミングアウト。LBGTに優しい職場環境で働くことができて、アリッサは幸せ者なのです。

 

 

 

 
 
 
昨日は雪女だったけど、今日は赤鬼アリッサ?この美貌の虜になると怖いことが起るかも。
 
 

 

 

今日は嫌われるのを覚悟でパートナーのアリッサがカミングアウトしたときの気持ちを正直に書きます。

 

 

 

時間を経て、わたしの心の状態も変化していくのですが、今回は、直後のころ。暗くなるけど、堪忍ね。

 

 

両親に「人の立場になって考えられる人間、人の痛みを感じられる人間になりなさい」と言って育てられました。そして娘たちにもそんな人間になってほしいと常に願い、その思いを伝えています。

 

でも、あのとき、わたしにはそれができなかった。

 

 

アリッサもとても苦しんだと思う。勇気を振り絞ってのカミングアウトだったと思う 。

 

 

今になって、やっと「あのとき優しい言葉をかけてあげればよかった」と思うことができる。

 

 

でもあのときは「アリッサの立場になる」なんて絶対無理でした。

 

 

 

 

妻のわたしに直接言えなかったアリッサの弱さを憎み、娘たちが成長するまで待つことのできなかった彼女の身勝手さに憤りを感じました。

 

 

「クレジットカード返済地獄」告白のショック

(パートナーの買い物依存症について書いたブログからやっと立ち直りつつあったときでした。 

 

 

暗い穴から這い上がってきたわたしを、あの人が土足で蹴り付けて、あの人にもっともっと深くて怖い穴に落とされた気持ちになりました。

 

 

 

カミングアウトの瞬間、最初に思い浮かんだのは「離婚」の2文字。ただ、その夜、ひとりになって冷静に考えたとき、感情に任せて離婚したら損するのは自分であることに気付きました。

 

 

今までアメリカ生まれのあの人に生活の全般を頼りきってきたので、わたしには自立する自信がなかった。育児もひとりでやってく自信がなかった。収入だって、あの人のほうが2倍稼いでいたし。

 

 

 

なによりも20年間近く、一緒に暮らして、たくさん思い出を共有した人とそんなに簡単に別れることができなかった。

 

 

 

「もしわたしたちに子供がいなかったら、即離婚。でも、子供たちにはわたしたちの両方が必要。だから離婚しない 」。

 

翌日、アリッサにそう伝えました。

 

アリッサは、わたしが彼女の決意を受け入れて、サポートすることを期待していたはず。「離婚」という言葉を聞いて、アリッサはとても悲しい顔をしたけど、わたしは知らん顔をしました。もっと苦しめばいいと思いました。

 

 

悲しみ、落胆、失望、怒り、不安、混乱、恐怖、喪失感。あの頃、わたしの心の中は常にそんな破壊的な感情が渦をまいて、気が狂いそうでした。

 

ひとりになるといつも泣いてました。運転中、犬の散歩のとき、入浴中、仕事でほの暗い部屋でクライエントにマッサージするとき。涙が溢れて、それを止めることができなかった。

 

朝の目覚めが悲しくつらかった。いつも「夢だったらどんなによかったのに」と思った。

 

 

でも、わたしには壊しちゃいけない日常がありました。「娘たちにつらい思いをさせてはいけない」。「彼女たちを悲しませてはいけない」という気持ちがあの頃のわたしを支えていたと思う。

 

 

悲しい顔をしたら娘たちが不安になるとわかってたので、無理して笑って、無理して元気なふりをしていました。

 

 

 

今回は、カミングアウト直後のわたしの気持ちを書きました。わたしの気持ちは時期を経て、大きく変化するのですが、それは後ほど触れたいと思います。

 

 

明日はアリッサと交わした約束について書きます。