照明家井上正美さんの死を悼む | 野村眞里子のブログ <オラ・デル・テ>

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去る2月7日、照明家の井上正美さんが亡くなった。享年76歳だった。

 

日本フラメンコ協会の『新人公演』の照明を第1回から昨年の第32回まで担当されたほか、多くのフラメンコ舞踊家の公演で照明を担当されていた。

 

私は直接のおつきあいはずっとなかったが、「パセオ」の記事がきっかけで、ご連絡を取り合うようになった。それは、とある公演のレポート記事で、私もよく知っているとあるテクニカルスタッフの仕事を「ひどいものだった」として批判する内容だった。

 

当然、私は「ああいう記事はいかがなものか」と「パセオ」に抗議をした。そして、その批判されたテクニカルスタッフが、その公演の際すでに重い病気にかかっていて、数週間後に亡くなっていたことも伝えた。つまり、「パセオ」は数ヶ月前に亡くなった人に、「死者に鞭打つ」形で記事を載せていたのだった。

 

「テクニカルスタッフを名指しで批判することは認められない」という私の意見を聞いてくださった当時の編集長は、「近いうちに、テクニカルスタッフの問題を考える特集を『パセオ』でやります」と言ってくださった。実現した特集では、もちろん井上さんも意見を述べられていた。そして、私は井上さんに直接それを読んだ感想をお伝えした。

 

まさに、この時から井上さんと私とのやりとりが始まった。そうした中で、井上さんは志が高く、かつ温かい心の持ち主だと知った。「野村先生の公演も、いつか私にやらせてください」とまで言ってくださった。

 

ところが、私は2010年春に左膝に大怪我をしてしまい、すでに開催が決まっていた2010年秋の『ututu』大阪公演以降、公演活動はストップしてしまったのだ。そして、自分の思いは若い方に託したいと思い、2011年10月エルスール財団を設立した。

 

エルスール財団新人賞を毎年開催するうち、受賞者たちから「劇場で踊りたい」という思いを次々ときかされるようになった。だが、劇場公演には莫大なお金がかかる。まだ新人賞をとったばかりの彼らが、劇場でのリサイタルを主催するのは難しい。そこで、私は10年ぶりに劇場公演を企画した。2020年10月に開催した自らの引退公演『michiyuki』である。

 

照明は迷わず井上正美さんにお願いした。最初で最後の依頼だ。

 

コロナ禍真っ只中での公演、そして出演者間のいくつかのトラブルもあったが、なんとか無事に公演を終えることができた。井上さんは公演ビデオを何度もご覧くださり、温かい感想を言ってくださった。そしてご自身の照明を「次回はこうしたい」と振り返ってくださった。

 

公演期間中、井上さんとはたくさんのメールのやりとりがあった。ご本人の許可はもう得られないが、その一部を少しだけご紹介させてください。

 

「舞台はまだまだ日常に戻りません。

本番を終え、ひとり居酒屋で、お酒を飲んでくつろぐ時間がないのが寂しいですが、もう少し我慢をしなければ、と言い聞かせ、コロナの感染に気をつけて井上頑張っております。」(2021年3月16日)

 

以下に、井上さんといっしょに作り上げた唯一の公演『michiyuki』(2020年10月、草月ホール)での、思い出に残ったシーンをいくつか紹介させてください。撮影:大森有起

 

【あらすじ】

『michiyuki』のテーマは「母と子」。成長していく過程で、息子に忍び寄るさまざまな誘惑を「悪魔」として可視化し、母親や乳母が戦う姿をフラメンコで表現していくというのが本作の狙いだ。

母親は、息子が生まれる直前に夫を失ったことから、父親としての役目も果たし、りっぱに息子を育てなければならないと思っていた。そのため、息子に対して必要以上に厳しく接した。息子はそんな母親が大嫌いで、家を飛び出したのだった。

17歳になった息子が、ある日突然帰宅する。息子の帰宅を心待ちにしていたはずの母親だったが、素直に喜べず、息子を温かく迎えることができない。一方、乳母は喜んで宴を催す。しかし、その宴には息子の友人、実は悪魔やその手先も紛れ込んでいた。

「また、あの子はどこかに行ってしまうかもしれない」――不吉な予感を抱いた母親は、心が乱れ、ついに強硬手段に出るのだった。

【CAST】

踊り●

マリアMaría(母親)               野村眞里子

フアンJuan(息子)                中原潤

マヌエラManuela(乳母)              塚原利香子

カイCai(息子の友人/実は悪魔)          山本海

サラSara(息子の憧れの少女/実は悪魔の手先)   内城紗良

カルメンCarmen(宴会の客/バルのスタッフ)   金井久美

フアナJuana(宴会の客/バルのスタッフ)     JURINA

ルシアLucía(宴会の客/バルのスタッフ)     山本秀子

歌●Manuel de la Malena、川島桂子

ギター●徳永健太郎、徳永康次郎

チェロ●翠川敬基

朗読●野村喜和夫

【STAFF】

作・演出●野村眞里子

劇中詩●野村喜和夫「骨のカントー、肉のカントー」

演出協力●安藤雅孝

構成・振付●野村眞里子、中原潤

振付●Adela Campallo、Begoña Castro、La Moneta、Rafael Campallo、塚原利香子、山本海他

音楽●徳永兄弟、翠川敬基

美術●Les KiKi、大森有起

照明●井上正美(エクサート松崎)

音響●浦崎貴(ワンダースリー)

舞台監督●羽賀義博

衣装●ナジャ・ハウス、ソニア・ジョーンズ他

グラフィックデザイン●伊勢功治

協力●志風恭子、瀬戸口琴葉

制作●篠原あさみ(A Tower)

企画制作●一般財団法人エルスール財団

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

井上さん、本当にお疲れさまでした。長い間のフラメンコ界へのご尽力、心から御礼申し上げます。どうぞ、ゆっくりとお酒を召し上がってください。私もそう遠くない日にそちらにまいりますが、そのさいはじっくりお話をしながらごいっしょに一杯やりましょう! 合掌。