「オテル・リテレール・アルチュール・ランボー」に泊まる | 野村眞里子のブログ <オラ・デル・テ>

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今回のフランス旅行における最も不思議な場所は、後半の2日間パリで宿泊した「オテル・リテレール・アルチュール・ランボー」だった。

 

通常パリに来る場合、私にはいくつかの定宿があるため、新しいホテルに泊まることはまずない。ところが、今年になってから「第三者があなたのカードを不正に使用した恐れがあるため、カードの使用を一時停止しました」という連絡が某カード会社から何度も来るようになった。調べてみるとすべて私が使用したものだったのだが、セキュリティの強化によりすぐに停止! カード会社に連絡をして停止解除してもらうまでの間に、いくつもの不都合が生じた。

 

そのうちのひとつが、定宿によるクレジットカードが使用できるかどうかの操作だった。たまたま使用できない時にその操作をされたため、あえなく予約をキャンセルされてしまった。そのホテルに事情説明をしてもう一度操作をやり直してもらえばよかったのだが、気分的に新しいホテルを探したくなってしまった。そしてその時出会ったのが、「オテル・リテレール・アルチュール・ランボー」というわけだ。

 

このホテルは、文学者の名前を冠したホテルチェーンのひとつで、他にはマルセル・プルースト、ギュスターブ・フローベール、マルセル・エメなどがあるようだ。

 

予約は問題なくとれた。でもその時私が、「詩人でランボー研究家でもある夫とうかがうことを楽しみにしています」と添え書きをしたことで、ホテル側を驚かせてしまったようだった。返事は素早かった。

 

「私どものホテルは、あなたがたの到着を首を長くしてお待ちしております。でも、ひとつお願いがあります。私どもの図書室にご著書をいただきたいのですが、可能ですか?」

 

こうして、責任者の方と7~8回メールのやりとりをして、ついに7月27日(木)にリヨンからTGVでパリに戻り、この不思議なホテルにタクシーで向かった。

 

ホテルに着いたのは20時過ぎだったため、責任者を含む通常のスタッフはいなかった。でも、入口の大きな写真、壁にかけられたランボーの年譜、自筆書簡、貴重なイラスト、図書室の膨大な書籍に圧倒された。エレベーターの中のパネルを見て、すべての部屋の名前がランボーの詩のタイトルであることに気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちの部屋は、初期詩篇の部屋名がついた1階(日本式の2階)で、「みどり亭にて」だった。

 

 

 

 

 

そして中に入ると、すぐの壁には詩の原稿とその詩をイメージした絵がかけられ、ベッドの足元にはランボーのサイン、さらに洋服ダンスにはランボーの大きな写真がついていた。そして備品までがランボーの写真付きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか、うなされそうな部屋だね」と夫が笑う。さらに、枕元にはランボーの詩集まで置かれていた。

 

ホテル到着日の翌日、7月28日はこのホテルを夫の教え子が訪ねてくれた。T大学の表象文化論コースでの、夫の詩の授業を受講していたAさんだ。彼女は、現在T大学を休学してパリ第8大学に留学中で、夫がフランスに行くと知って「ぜひ先生にお目にかかりたい」とメールをくださったのだ。

 

約束は15時だったが、パリ周辺の大雨の影響でこの日は電車が遅れていた。アビニョンのフェスティバルからこの日にパリに戻ってきたというAさんは、電車遅延の影響で少し遅れてみえた。

 

Aさんと話すのは初めての夫、さらにAさんと会うのは初めての私だったが、彼女のパリでの留学生活、今後のことなどで話は大いに盛り上がった。ホテルの方に、3人いっしょの写真を撮っていただいた。

 

 

 

 

 

 

Aさんとは2時間ほど雑談。その後も、彼女は雨宿りを兼ねて、図書室でランボーの本などを見て1時間ほど過ごしたそうだ。ちなみに、夫が今回ホテルに寄贈したランボー関連の本は、『ランボー 横断する詩学』(未来社、1993)、『ランボー『地獄の季節』詩人になりたいあなたへ』(みすず書房、2007)、詩画集『渦巻カフェ あるいは地獄の一時間』(思潮社、2013)の3冊だ。

 

 

 

 

 

 

なお、ランボーの研究をしていた夫と違い、私は高校時代に次のランボーの詩「感覚」を初めて原文で読み、そこからフランス詩への関心が高まった。その時私が読んだ訳詩のほうは別の方のものだったが、このホテルに泊まった記念に、夫に特別に訳してもらった。

 

感覚

 

夏の青い夕暮れには、ぼくは野の小道を行こう、

麦の穂にちくちく刺され、細かな草を踏みに行くんだ、

夢見るぼくは、足もとに草の冷たさを感じ、

帽子なんかかぶらず、頭は風の浴みに任せよう、

 

ぼくは何も話さない、何も考えない、

ただ無限の愛が魂のうちに昇ってくるんだ、

遠くまで、遠くまで行こう、ボヘミアンみたいに、

大いなる自然のなかを、女を連れているように楽しく。

(野村喜和夫訳)

 

とはいえ、責任者の方から「今回のあなたがたの旅の目的はアルチュール・ランボーですか?」と大真面目に聞かれ、夫も私も一瞬返事に詰まってしまった。(笑)便利な場所にあり、とても居心地のよいホテルだが、とんでもなくマニアックなホテルなので、お泊りになる方はそれなりの覚悟をなさった方がよさそうだ。

 

思いがけず出会った素敵なホテルに感激し、次回もパリに行く時はこちらのホテルのお世話になろうと決めているが、その時は『イリュミナシオン』に収められた「曙」「出発」「聖霊」「王国」などの名前が付けられた3階に、ぜひ泊まってみたいと思う。