野村眞里子のブログ <オラ・デル・テ>

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昨日の午前10時40分、私の乗ったAVEは予定通りグラナダに到着した。

 

この予定通りというのは重要だ。今、事故や大雨の影響で、スペインの鉄道が非常に混乱しているから――。

 

たとえば、私のAVEの出発番線がアナウンスされた時、大きなどよめきがあった。スペイン語のみ、しかも早口のアナウンスで「グラナダ、そしてマラガ行は9番線からになりました。そのため、9番、10番、11番の窓口を開けます」というようなことを言っている。

 

戸惑って近くのスペイン人に聞く。

「何言ってるか、よくわからないんですけど…」

「僕だってわからないよ!」

「でも、グラナダ行きはこの列であってますか?」

「大丈夫。ここはグラナダ行きの列さ。」

 

改札に行くと確かに私は通れた。

 

そしてホームではまたもや大混乱。「マラガ行はどれ?」「グラナダ行きはどれ?」とみんなが係員に詰め寄っている。話を聞くと、マラガ行とグラナダ行きのAVEは連結されて、グラナダ行きは直行、マラガ行は途中でバスに乗り替えるとか。

 

(ふう。とりあえず私は乗り換えなしで行けるんだ。)

 

こうして、グラナダ駅に定刻に着いたがタクシーがなかなか来ない。そして来ても「アルバイシンですけどいいですか?」と聞いてから乗り込まないと、道が狭いからいやだと言って降ろされることもあるらしい。

注:アルバイシンは中世の都市構造を今なお保持しているエリア。イベリア人やローマ人の時代に始まり、イスラム支配下での繁栄、そしてキリスト教勢力による征服後の変貌まで、何世紀にもわたる変遷を見守ってきた。

 

おそるおそる運転手さんに聞いた。「アルバイシンだけど、いい? 道狭いわよ。」すると、「何の問題もないさ」と笑って運転手さんが答えた。

 

(二つ目の関門もクリア!)(笑)

 

一台通るのも難しいアルバイシンの通りを、対面交通で見事に進み、プラセータ・サン・ホセに着いた。私のピソ(アパート、マンション)はここからは3~4分とのことだったが、石畳の坂道が曲者だ。(笑)たまらず、小さな広場のカフェ「4匹の猫」で小休止した。そこには恐ろしいほどの人がいて注文するのもたいへんだったが、カフェ・コン・レチェを飲み、親切なカマレラに道を聞いて、ようやく今回2週間お借りするピソに到着した。

 

 

 

 

 

 

だが、ここからもたいへん! 合計で30キロを超える荷物を、一人で3階の部屋まで運ばなければならないのだ。

 

もちろん一度では無理。そこで、スーツケースを中庭で開け、5回に分けて上まで運んだ。

 

(3つ目の関門突破!)(笑)

 

ピソは1LDKのテラス付きで広かった。しかも目の前がアルハンブラ宮殿! 

 

 

 

 

 

 

(ここでワインやビールを飲んだらおいしいだろうな。)

 

そうこうするうち1時過ぎたので、用事を済ませるため中心街に下りることにした。向かったのは寿司バル「ポテムキン」。ここでチラシとポスターを山本海さんに渡すことになっていたのだ。

 

お店は大混雑で、外で待っている人も多かったが、カマレロが調理場近くにわざわざ場所を作ってくれた。調理場にはなんとみゆきさん! お土産の「とらや」の最中を早速手渡した。

 

せっかくなので、「ポテムキン」でランチを食べることにした。こちらのお店では、ドリンクを頼むとお寿司がついてくるので(笑)、焼餃子だけを注文した。野菜と肉があるが、肉を注文。

 

お寿司――みゆきシェフ特製――も、焼餃子も、最高だ!

 

 

 

 

 

 

 

海さんが、途中私に会いに来てくださったが、仕事中で忙しそうだったので短めに要点だけ話す。そして、チラシとポスターをとても喜んでくださった。よかった! 

 

帰りは、アルバイシンまで歩いたが、道を間違えたらしく迷路を行ったり来たりして、10分の道のりを50分以上かかってしまった! 途中、坂道で演奏している日本人らしいギタリストに出会った。ほんの気持ちだけ支援。

 

夜も街に出かけたが、今度はわかりやすい道を通ってピソに戻ったので、15分ぐらいだった。でも、夜中に足がつって目が覚めた。(笑)

 

(お年寄りがアルバイシンで暮らすのは、本当にたいへんだわ!)

昨日(2月27日)は、アトーチャ通りの端から端までチラシの入った重い箱を持って歩いた疲れもあって、午後は部屋でおとなしく仕事をした。

 

グラナダ公演の出演者、当日のスタッフ、ビデオやカメラマンへの連絡…など、やることが目白押しで、あっという間に夜になってしまった。

 

タブラオに行く元気も出ないので、軽く日本食の夕飯を食べることにした。向かったのはエチェガライ通りにある「どん底」。昔からずっと通い続けているマドリードの和食の老舗だ。

 

最近では寿司人気もあってかなり寿司メニューが多いが、私はどちらかといえば外国の和食店では、冷奴とか、枝豆とか、揚げ出し豆腐とか、豚のしょうが焼きといった普通のものが食べたい派だ。

 

でも、枝豆が7ユーロとか書いてあると、もう無理!(苦笑)

 

そこで、餃子と焼きそばとキリンの一番搾りを注文した。餃子は日本の焼き餃子をイメージするとかなり違うが、肉がぎっしり詰まっている揚げ餃子と考えれば楽しい。焼きそばは量が多すぎるうえ、野菜中心で豚肉が見当たらなかったのが残念だった。でも、お店のホスピタリティーがしっかりしているので、スペイン旅行で疲れた際には「どん底」はお勧めだ。

 

 

 

 

 

 

 

この店ではよくフラメンコアーティストととも会ったが、昨日は見当たらなかった。

 

そして、安全のためタクシーでホテルまで戻り、早めの就寝。とにかく、事故や大雨の影響で列車の本数が限られているため、朝一のAVEでグラナダに向かうことになっていた。でも1週間ほど前、バタバタと大慌てでチケットをとった時、1等車の食事付きを予約していたことを忘れ、アトーチャ駅でうっかりサンドイッチを買って食べてしまった!

 

 

 

 

 

で、乗ったらすぐに朝食のメニューが来た。

 

 

 

 

 

(どうしよう! 2回朝ごはん食べようかしら?)(笑)

 

朝食は「温かい食事」「冷たい食事」「ヘルシーな食事」の3つの選択肢があったので、「ヘルシーな食事」を選んだ。メインディッシュがフルーツ盛合わせ。なんだか楽しい。

 

 

 

 

 

ドリンクは、朝からビール、カバ、ワインなど何でもあるが、一応ガス入りの水を選択した。お変わりもOKなので、ボトルのワインをもらって持ち帰る人も多かった。

 

(知らなかった~~)(笑)

 

ところで、まだ暗いうちにマドリードを出発した列車だが、ようやく明るくなったと思ったら、プエルトジャーノあたりから霧が出て、グラナダまでかなり長い時間霧の中だった。「まるで中国にいるみたい」などと思っていたら、急に霧が晴れて雪をかぶったシエラ・ネバダが現れた。

 

 

 

 

 

というわけで、列車はもうすぐグラナダに着きます。今日は早速出演者の一人、山本海さんと会います。

 

※お知らせ

グラナダのピソ(マンション、アパート)のWi-Fiが使えず困っています。そのため、少し投稿が遅れがちになりますが、よろしくお願いいたします

朝起きて窓を開けると、ホテルの部屋の目の前はアトーチャ駅ではなく、ソフィア王妃芸術センターのほうだった。

 

 

 

 

 

今日一番にしなければならない用事は、グラナダ公演の会場であるセントロ・フェデリコ・ガルシア・ロルカにチラシとポスターを送ることだった。

 

ホテルはアトーチャ駅の正面なので、私が知っている一番近い郵便局はシベレス広場の大きな郵便局――本局?――だ。でも、箱に入ったチラシは重いので、もっと近くに郵便局はないかと思い、レセプションで聞いてみた。

 

すると、親切なスタッフがスマホで検索してくれた。

 

「な~んだ、すぐそこだよ。ホテルの正面。番地はアトーチャ通りの1番地!」

「ありがとう!」

 

ホテルの正面はアトーチャ駅なので「変だな」とは思ったが、チラシとポスターの入った箱を抱えて通りを渡った。でも通りの名前は違うし、郵便局もない。バス停にあった地図で確かめると、アトーチャ通りは、ホテルの正面ではなく、ホテルを出てすぐ左の道だった。しかも、入り口が150番台だから1番地はすぐ近くではなく、通りをどんどん進んだ先になる。

 

(スペインでよくある「道聞くんじゃなかった」というパターンだわ。)(笑)

 

アトーチャ通りは坂道で、昔真夏の暑い日に歩いて懲りたことがある道だった。その道を、荷物を抱えて上る。途中、スタジオ・アモール・デ・ディオスの最寄り駅「アントン・マルティン」駅やフラメンコシューズ専門店などもあった。

 

(荷物がなければ、楽しかったかも。)

 

15分ほど歩き、ついに1番地に着いた。でも、そこには郵便局はなく、携帯屋の真新しい店舗があるだけだった。(涙)

 

かなりのショックを受けたが、マヨール広場に近い場所だったので気を取り直して写真を撮り、近くのお気に入りのバルでビールを飲むことにした。

 

 

 

 

 

うかがったのは「バル・ポスタス」。昔からある、ボカディージョで有名なバルだ。観光客であふれている場所なのに、ここにいるのは常連さんばかりだ。

 

まずはビール。オリーブをつまみながら喉をうるおす。そして、ずっと食べたかった名物のボカディージョ・デ・カラマレスを注文した。ほとんどの人がビールとこのボカディージョを食べる。

 

 

 

 

 

 

マドリードのカラマレス・フリートス(イカのリングフライ)はだいたいどの店でもおいしいが、この店のものは軽くて、薄味で、いくらでも食べられるおいしさなのだ。昔2度ほど食べて、その味が忘れられなかった。ちなみに、トルティージャのサンドイッチが4ユーロのほかは、すべてのサンドイッチが5ユーロ。

 

途中、お客さんが少なくなると、カマレロが「ノ・ビエネ・ナディエ(誰も来ない)」と歌い始めた。(笑)

 

ランチの後は、地下鉄の「ソル」から2つ目「バンコ・デ・エスパーニャ」で下りて、シベレス広場の郵便局へ向かった。広い郵便局はガラガラ。そういえば、昔も混んでいたのは「プエルタ・エニェ」と言われる外国に小包などを送る窓口だけだった。

 

 

 

 

 

今回日本から小包を送ろうとしたら、セビージャ在住のジャーナリスト/フラメンコ研究家の志風恭子さんから「日本から送ると日数もかかるし、税金がかかる。マドリードから送った方がいい」とアドバイスされた。

 

こうして、何とか無事に小包が送れたので、郵便局のすぐ近くのプラド美術館へ向かった。チケット売り場はそれほど混んでいなかったので、中にすぐ入れた。でも、小包を入れていたトートバックが入口の荷物検査でひっかかり――ここに絵を入れて運べません!(笑)――クロークに預けることになった。

 

 

 

 

 

 

今回訪れたのは、「命の恩人」のゴヤの絵「藁人形」を観るためだった。引越しの片付けの最中、足元の荷物に気づかず派手に転んで頭を強打しそうになった時、この絵の複製画が私を救ってくれたのだった。

 

 

 

 

 

残念ながら「藁人形」のある2階は閉鎖中だったが、「着衣のマハ」「裸のマハ」「カルロス4世の家族」などを観て外に出た。

 

(プラド美術館は何度も来ていますが、とても広いため、何か「目標」を決めてから行かないと数時間から1日がかりになります。)

 

こうして、郵便局から小包を送るだけだったはずが、おいしいボカディージョにも出会え、ゴヤの絵にも会えた不思議な半日になった。

 

(午後からの仕事に精が出そう!)