前回ブログを書いた時から、早半年が過ぎ…

今は、ありがたいことに舞台衣裳の仕事をしながら、Amoriaの新作の試作をしたり、ご注文いただいたものの製作をしたりなどしています。

まだ油断禁物ではあるけど、コロナ対策で現場の努力はかなり大変なものにはなっているけど、舞台も少しずつではありますが戻ってきました。(やっぱり大好きな世界が戻ってきたのはうれしい笑い泣き)

大変なこともあるけど、好きな仕事だらけで、とてもありがたい日々です。

今はほぼほぼ、SNSで発信してなくて…
というのも、舞台の仕事は完全に裏方のため、発信を控えてたら、なんかその時の気持ちのタイミングもあり、どんどん発信しなくなっちゃったんだなキョロキョロアセアセ
あと、久しぶりに復帰した舞台の仕事に慣れるまで余裕がなかったのもあります。

そろそろ平行して私の大切なAmoriaも進めて行きたいので、少しずつ発信させていただこうかと。


今、こんなに発信してないのに、買ってくださる方がいるんですよ!
それはね、もう本当にありがたくて、今ブログを書いていても、涙が出そう…

どなたから聞いて、使ってみたいなと思ってくださったり、リピートしてくださる方は、あ、次がほしいなって思ってくださったり、ふと私やAmoriaのことを考えてくださってるんだなーと思うと、本当に…
(ありがたくて、ありがたくてえーん)


今日はまず、目に止まるかはわかりませんが、Amoriaの商品を見つけて買ってくださる方に、感謝の気持ちをお伝えしたいなと思います。

まず、新しく見つけてくださる方はどなたかの発信やどなたかから直接聞いて、買ってくださってるのだと思いますが、新しいお名前を見るたびに、今だにちょっとドキッとしながら、温かいものが体を巡ります。
ありがとうございます。

そして、私の作ったものを気に入って、使って…それだけでもすごくありがたいのに、その上どなたかに「いいよ!」って伝えてくださってる方々がいるということ。
ありがとうございます。

そして、今ロクに発信もできてない私のことを信用して買ってくださる方に、また、心よりの感謝を。
(うん、やっぱ信用のためにもSNSは大事ですね笑い泣き)

そうやって、買おうと行動に移してくださる方は、きっと他のことにも何かにピンと来たらすぐ行動に移せる、感度の高い素敵な方なんだろうなと思ってますし、お渡しした商品が、そんな感度の高い方たちに取って、何かうれしい存在であるようにと願いながら、作り、送らせていただいてます。
(そんな訳で、送る時も、Amoriaを始めた頃から、今も変わらずちょっとドキドキします)

さらに、リピートしてくださる方は、その方の感覚に合って、大事に使ってくださって、またほしいなと手に取ってくださってる。
ご縁だなって思います。
ありがとうございます。

送る時に、一言を添えさせてはいただいてますが、溢れる感謝がそれだけでは足りないので、ブログに一先ずありがとうの気持ちを。

もうね、
本当にありがとうございます!

見つけてくださって、ありがとうございます!

出会ってくださって、ありがとうございます!



しつこくなっちゃいそうなので、ここらでやめておきますが、まだ足りないくらいです。

お届けするものにしっかり込めます!

誠実な気持ちと。
素材の安心感と。
技術と丁寧さと。
感謝と祈りと。

ありがとうございます。





まず、こんなに大事に楽しくやってた仕事がふとなくなってしまった、不安、さみしさは一通り噛み締めた上で…

コロナが落ち着いたあと、エンターテイメントやアートの世界はどうなるだろう?何ができるだろう?というのは今よく考えます。


今、みんな立ち止まって、やれることをやったり、楽しむ工夫をしたり、…時に落ち込んだり。
それをきっと全国、いや全世界で共有してることは、人類史上初めてで。
すごく不思議な時の中にいるなと思います。

そんなん絶対、これからの価値観とか、大事にしたいこととか、変わってくるやんね。


エンタメや舞台って平和の上に成り立つとはよく言われることだけど、今回ほどそれを実感したことはない。

え、こんなにあっけなく…
そしてこれからいつできるのか、まるでわからない…
って状況に置かれる日が来るとは、思ってもみなかった。
(これは、舞台を愛するものにとって、かなり痛手です…くーー!)



ただ、この立ち止まる日々も確かに貴重で。


きっと今までが消費に忙しすぎたと気付ける時間でした。
次、次、次、って感じだった。
(わりと普段からぼんやり気味の私ですらそう。笑)


でも、舞台が「消費」かっていうと、それとはちょっと違う気がするのです。

これから、何ができるか、どうあるべきか、まだこれだっていう答えは出ないけど。


私にとっての舞台は心に火を灯してくれるものだった。

生でアートに触れる、生き様に触れる、肌で音を浴びる、それを初めて体験した時のそれは「自分がよくわからないなー、何をしたいかもわからない」ってなってた私を生き返らせてくれたものでした。

あの見た後に口も聞けないほど引き込まれてしまった感覚を今も忘れない。


舞台って、その場で共有して、全身で浴びるものだと思うから、私みたいに人生が変わっちゃう人もいるし、生きる糧になる人もいる。
何か奥の方をピッて触れられるみたいに。


いろんな事が遠隔でできる時代だからこそ、生でそこで体感することは余計に貴重な感覚になるはずと思うのです。


きっと、舞台を愛してる人たちが、今を乗り越えて作る世界は、さらにすごいものに絶対なるはず…

何かの希望、明るさ、楽しさを芯と一緒に届けられるといいな。
今よりさらに、空気ごと浴びせることができたら、おもしろいなー。


ぜひ、またライブを体感することが可能な時期が来たら、たくさんの方に見に来ていただけたらうれしいな。

お待ちしてます!



私は私で、今をたくさん感じて、丁寧に生きて、やれることをやって、その時を待ちたいなと思います。












さて、そんな夢中になってた頃に、急に暗雲が立ち込める…

1月から2月の頭は、まだまだ普通に京都と東京を行ったり来たりしてたんです。
京都も、人が少なくて観光もしやすいわー、ホテルも安くて、こんなことなかなかないぞ!くらいに思ってた。

舞台は、みんなで作る、人が集まる…まず自粛対象デスネ。
2月末にはもう休演が決まって、行くはずだった京都行きも直前でなくなって。
すごく残念だったけど、まあ、休演も長くて1か月くらいかな?4月くらいにはまた公演を再開できるだろう、くらいに思ってた。

今や、見通しが完全に甘かったなーとしか思えない。

今、もうどんどん中止が決まって、東京でも5月半ばまで決まってたお仕事の分はまず全部飛びました。
その後もいつ再開かまるでわからない。

私が愛する舞台の世界、再びここで生きたいと思った世界が、あっという間に幻のようになって。
正直この現実にちょっとびっくりしてる。


そして、舞台の仕事にすとーん!ってはまった自分にも実はびっくりしてて、一度止まったのもいい機会だから、気持ちの棚卸しをここらでちょいとしておこうと思いました。



さて、舞台の魅力の大きいものとして、「みんなで一つの世界を作り上げる」というものがあると思います。カタルシス、達成感。そして、誰かに届いた時の喜び。
(舞台に一度はまると抜けられないのは、これがすごく大きいと思われます…)

で、まあ、すっごいわがままなんだけど、私はかなり一人好き(陰キャです。笑)なので、「よし!みんな集まってー!」的な青春っぽいノリは正直苦手で。
「この目標に向かって一致団結し!」みたいな体育会系のノリも無理。
「このために犠牲にできる人しかうちはいらない」みたいな同調圧力も無理。


わ、わがままね…
じゃ、同調圧力も青春も体育会系もなしで、一つのものを作り上げるってどうしたらいいかと言うと、天才だなこの人、とか、すごく好みだなって作品自体に思える所に、自然に人が集まってたり、勘がすごかったり中身まで見通すことのできる人が人を集めた場合。
あと、目指す所が高くて、自然とみんなそこを見れる場合。

私はそういうのが好みで、関わらせていただいてる所が、まさに!ちょうど!それ!
だったのです(笑)
天国かと思った。

一人一人が自分の仕事をしてく中で、そのピースがパパっとはまっていく気持ちよさったら。

そして、尊敬できる人にたくさん出会った。

トップの人とかは、こんなに先見の目があって、しかもわくわく大好きなことで成功してて、ほんと、まじ何者!!??って感じだし、(勝手にこっそり尊敬しまくってて、言われてることに、おー、すごいな…と頭にメモを取って、ちらちらと盗み見してます…っていう暴露。笑)
作り手の方もものすごくセンスがよいのに丁寧で腰も低く、今だに向上心と遊び心の塊。
現場の大人の人たちも心がある上に、めっちゃ仕事ができる。

そして、一回りも年下の人たちが、もう大事なことは何かちゃんとわかってる。自分に足りないものは何で何をするべきかちゃんとわかってる。純粋なものをちゃんと持ってる。

その人たちと仕事をできることが、とても楽しかったし、何度も繰り返し勉強になった。行く度に尊敬し直してました(笑)


そして、そういう尊敬できるなって思える人たちと一緒に仕事をするのはとても楽しくて、とてもスムーズで。
何が肝かなって考えたら、私なりに大事にしてることがあった。


・人のせいにしない。
(この道は誰かから敷かれたものではなく、私が選んだ道、私がしたいことを私がしてるっていつも心に置いておく)

・ぶれそうになったらゼロ地点に戻れるものをいくつも持っておく
(私にとってのそれは、おいしいもの、きれいな空と水、すごく澄んだ輝きのある舞台の映像、大好きな音楽、とか)

・すごく大事なものだけは大事にするし、そのためには戦う、けど、あとはどっちでもよい
(それをしてると見た目は優しいと思われがちだけど、そんなことない。笑)

・いつも、自分が心から楽しむ

・自分の奥を見ることで俯瞰で物を見る

・一番大事なのは自分の潜在意識と繋がって、Yes、No、幸せ、いやだ、楽しい、をいつもはっきりさせること
(努力はしてるけど、今だにこれが一番難しいかも…)


これって何かというと、一人で企画から販売まで全部やってた時に何度も振り返って身につけた、私が大事にしたいことだったのです。

一人の時に大事なことが、みんなでチームで仕事をする時にもめっちゃそのまま使える。
ていうか、大事なことはきっとミクロからマクロまでなんでもみんな一緒なんじゃないか、ってことを体感した時は、目からウロコでした。

「うん!もう私、一人を大事にしたい!」
って思ってやってきたことが、まさかこんなに人と作る時の役にも立つなんてね。思いもしなかったよ。

私は私のままでは生きにくかったのだと思います。だから、いい時もしんどい時も、いやな自分を見る時も、とことん自分を掘り下げようとしたのかも。
そしたらどんな時も大切にしたいことがはっきりしてきた。
それは、今も、この先も変わらない道しるべみたいなものになってくれた。


自分を思う存分大事にしたらいい。
それは大きな輪に勝手になるから。
自分を大事にできるように、人のことも尊重できるから。


今とってもそう思うんです。



自分の棚卸し、ここで一旦オワリ。

ツヅク。




*大好きな六角堂の目の前のスタバ。
はよ行きたいですキラキラ
頼む!もう落ち着いてくれ!







とってもとっても久しぶりにブログを書いてみようと思いました。

わお、8月で「自分に潜ってる所」ってとこから、一回も書いてなかったんですね。

まさに有言実行ではないか…(笑)



…ちょうど去年の8月が、私にとっての思いっきり転換期で、そこからずっと舞台衣裳のお仕事をしてました。


私は16歳の時に初めて本格的なミュージカルを見て、雷に打たれたみたいになって、それから舞台に夢中な人生でした。

今から10年前くらいは舞台衣裳をめちゃくちゃハードな所でやってて。

憧れの場所だったので、それはそれですごくやりがいがあったし、楽しさもあったのです。

ただ、その当時は
「舞台とは鍛練を積んで積んで、歯をくいしばって、いろんなことを犠牲にしてでもやり遂げるもの」
だったのです。
私にはそう映った。
やりがいはあっても、残念ながらずっといたい場所ではなかった。

辞めてからは、少し衣裳をやってはいましたが、もう商業演劇の世界はいいと思ってました。

「犠牲の上に成り立つもの」だと思ってたから。ちょっと私にはしんどかったのです。

ただ、相変わらず、舞台を見るのは好きでした。

そしたら、ちょっと最近様子が変わってきた。
この1、2年くらいで、胸に刺さって飛び込んで来るくらいの舞台に出会う確率がすごく上がったのです。

「犠牲の上に成り立つ」と思ってた商業演劇の世界でです。

何か私が知ってた時と様子が違う。

めちゃくちゃクオリティーが高い上に、楽しそうでのびのびと生き生きして見える。
すんごいキラキラしてる。
刺さる、泣ける。
この純度の高さは一体なに?

しかも大当たり続きとなると、これはもう偶然じゃない。
今の舞台の世界はどうなってるんだろう…

って思ってた時に、とっても久しぶりに商業演劇の舞台衣裳のお仕事をいただきました。

ブランクもあるし、正直務まるのかすっごい怖かったけど、飛び込んでみることにしました。

そしたら、
「自分のために楽しんでがんばること」
がめっちゃ当たり前な人たちと出会いました。

誰かを落とすんじゃない。
自分の魅力は自分だけのもの。
それをどこまで引き出せるか、どこまでがんばれるか磨けるか。
今何ができるか。
そして仲間と呼べる人たちとどうやって引き出し合うか。

そんな人たちがいっぱいで、ああ、時代は変わってきてるんだな、なんてすごい人たちなんだろう。
そんな人たちが切磋琢磨してる今の舞台がおもしろいのは当たり前だな、って感じました。

衣裳は舞台に立った時にその人の一番近くにあるものだから、いかに衣裳でその人を輝かせることができるかってことに、とてもおもしろさとやりがいを感じます。

芯から輝こうとしてる人たちのために衣裳をやるって、私にとって、それはそれは楽しい仕事でした。

作ってく過程を見、天才だなって思う人の仕事を見、裏のチームワークを見。
一緒に仕事ができて幸せで光栄なことだなーと思ってたし、…その日々が続くと…普通に思ってたし、続くはずだったよね…。
本当に…


雲行きがだんだん怪しくなってきた所で、つづく…笑



*写真は京都の大覚寺の池です。
夏は見事な蓮池です。
冬のなーんにもなさもよかった。
この下で生命が、貯えて育ってる所。
ああ、今、すごく転機っぽくて、深く深く潜っています。

過去のやらかしたことと、
幸せに働いて稼ぐとは?が発端になり、

やって来たこと、
考えていたこと、
感じてきたこと、
勝手に思い込んできたこと、
たくさんのものが螺旋状にぶわーっと体の中にあって、消化しきれない。

なんなら、もっと深くの記憶も含めなのかもしれない。
血とか家とかも含めかもしれない。

それを言葉にして、書いたらいいじゃん、と思う一方で、
「ただただ深く潜りたい」を今は採用しています。

苦しさと気持ちよさと。

私はどこに行くのかな。

いずれにせよ、魂の行きたい方へ。