日本文化の美徳 | 自己超越から自己認識への導きサロン

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本日は、自律した精神文化の美意識、美徳について説明します。


自律した精神を持つ日本文化の、「 愛 」に対する意識を説明することで、自律した精神を持つ人間の美意識、美徳を示します。




日本文化の「 愛 」で、最も代表的なのは、楠木正行と、弁内侍の関係です。


楠木正行は、楠木正成の嫡男で、南北朝時代の武将です。


あるとき、楠木正行は、後村上天皇へ、別れの挨拶に行きます。


後村上天皇は、弁内侍が、楠木正行の恋をしていたことを知っていたので、仲良くしてやってはどうかと、楠木正行に尋ねました。


かねてから死を覚悟していた楠木正行は、次のような歌を残します。



とても世に ながらうべきも あらぬ身の 仮の契りを いかで結ばん



後に、楠木正行は、戦に出陣し、自害します。


それを知った弁内侍は、髪をおろし、尼になります。




現代人の中には、この話を聞くと、楠木正行の行動は男の身勝手だとか、少しの時間でも良いから楠木正行は、弁内侍と付き合うべきだと言う人がいます。


そこで私が、自律した精神を持つ人間の「 愛 」を説明します。



自律した精神を持つ人間の「 愛 」とは、己の幸せよりも、相手の幸せを第一に考えた行動です。


楠木正行が生きていた時代は、封建社会です。


この時代は、女性は清らかであるべきと考えられていた時代です。


一度でも結婚歴のある女性は、家柄の良い相手とは、なかなか再婚は出来ません。


女性が結婚するまで、貞操をまもらなけえば、人として蔑まれる社会です。



死を覚悟している楠木正行が、弁内侍の幸せを考えれば、自分のことは早く忘れて、他の男性と幸せな結婚をして欲しい。


そのためには、弁内侍に、自分の本当の気持ちを伝えず、このまま自分は身を引いた方が、弁内侍のためになる。


その気持ちが、「 とても世に ながらうべきも あらぬ身の 仮の契りを いかで結ばん 」この歌になります。



後村上天皇の好意を断った、楠木正行の行動に、弁内侍はショックだったでしょう。


しかし、楠木正行が残した歌で、彼の本心を知った弁内侍は、楠木正行が本当に自分のことを大事に思っていたことを知ったに違いません。


だからこそ、楠木正行が自害したことを知った弁内侍は、楠木正行の菩提を一生守り抜くために、尼となって俗世間と縁を切ったのです。


この二人の愛は、肉体的欲求を求めることのない、究極の精神的愛です。




究極の愛とは、
愛する人の幸せのために、己の欲望や感情を捨て、自ら身を引くこと


愛する人を幸せにするためには、安定した生活が必要です。


しかし、自律した精神を持つ人間は、自分を犠牲にしてまで、正しいことを追い求める生き方をします。


生活の安定よりも、正しいことを優先する人間と一緒になることとは、愛する人を苦労させることです。


愛する人を幸せに出来る人間は、自分でなくても他にいます。


しかし、愛する人が子供を生み、その子供が幸せに暮らせる社会をつくるためには、正しい人間が育つ社会つくりに取り組まなければなりません。


それを取り組めるのは、自律した精神を持つ人間にしか出来ないのです。



時代が変わっても、自律した精神性の人間が持つ「 愛の価値観 」は、不変です。


この愛が、正しいか正しくないかを論争するつもりはありません。


ただ、このような精神性の強い人間が増えた社会では、ストーカーや性犯罪は激減した社会になります。