日本人の奥の深さ | 自己超越から自己認識への導きサロン

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本日は、自律した精神文化を持つ、日本民族の奥の深さをお話しましょう。


日本人は、自己主張が下手です。


なぜなら、自律した精神性を持つ人間が多かった昔の日本では、自己を主張しなくても、相手の考えが手に取るようにわかり、一致団結して正しいことに努力が出来た社会だったからです。


しかし、現代社会のように、価値観が多様化し、身勝手な人間が増えた社会では、自分自身を守るためにも自己を主張しなければいけない社会になりました。


では、自己を主張しなくても、相手の価値観が手に取るようにわかってしまう、自律した精神文化の日本民族の奥の深さをお話します。



みなさまに質問です!


あなたにとって、愛とは何ですか?


人には、さまざまな考えを持った人がいます。


その、人が持つ考えの「 軸 」になるものは、その人が持つ「 愛 」に対する価値観です。


人間は、自分が持つ「 軸=愛の価値観 」を基準にして、人間観、世界観を形成します。




★愛とは、人間の軸


前回もお話したように、自律した精神を持つ人間の愛とは、「 究極の愛 」


究極の愛とは、

愛する人の幸せのために、己の欲望や感情を捨て、自ら身を引くこと


それは、正しいことをするために、己の愛情を犠牲にすることです。



この愛に対しての価値観が、自律した精神を持つ人間の「 軸 」です。


自律した精神を持つ人間は、この価値観から、世界観、人間観を形成します。




★自律した精神を持つ人間の世界観、人間観


自律した精神を持つ人間が増えた社会では、目先の金を追い求める人間は恥ずかしい人間だと思う、秩序を重視した正しい社会になります。


秩序を重視した社会では、正しいことに愛を感じる人間と、自分の感情に愛を求める人間を、見極めることが出来ます。


そのため、正しいことに愛を感じる人間同士では、相手が自己を主張しなくても相手の考えがわかり、自分の感情に愛を求める人間とは距離を置いて付き合うことで、相手に振り回されない付き合い方が出来ます。


しかし、価値観が多様化し、自分の感情に愛を求める人間が増えた社会では、自律した精神を持つ人間が育たない社会環境になります。


自律した精神を持つ人間が育たない社会で、正しい人間社会をつくるにはどうすれば良いのでしょうか?




★日本人の奥の深さ


究極の愛とは、
正しいことをするために、自分の愛情を犠牲にすること



しかし、このような自分に厳しい生き方は、普通の人間では出来ません。


そのため、正しい社会をつくるためには、「 永遠の愛 」を共有した、人間社会が理想となります。



「 永遠の愛 」とは、
愛する人が幸せになることで、自分も幸せになれること。


愛を共有し、愛を大事にした、愛する者を裏切らない道徳観です。


これこそ、イエス・キリストが説く「 愛 」です。



しかし人間とは、愚かな生き物です。


自分の都合の良い様に物事を解釈をします。


そのため、キリストが説く「 永遠の愛 」も、自分の都合の良いように解釈をします。


その結果、己の欲望を満たすために愛する者を裏切っても、罪の意識が薄くなります。




人間社会は、善人もいれば悪人もいます。


そして、悪人ほど、自分が悪人であることに気がつきません。


そんな愚かな人間のために、具体的に人とし正しい考え方を示すことが大事になります。


それが、釈迦の教えです。




自律した精神を持つ日本人であれば、釈迦やキリストでさえも、すべて論理的に解釈できます。


なぜなら、すべては必然(論理的)だからです。




★美輪明弘の思想がわかる


すべては必然と言えば、オーラの泉です。


オーラの泉といえば、美輪明宏ですね。


自らを愛の伝道師と言い、無償の愛を説く美輪明宏の思想も、自律した精神を持ってすれば、解き明かすことが出来ます。



美輪さんが解き明かす、「 無償の愛 」を、簡単に説明すると、


自分の愛情を相手に押し付けず、また、己の愛情に対し相手の見返りを求めないこと。


この価値観は、世の中を理性的に捉える感性を養い、自分の感情に振り回されることのない強い心を育てます。


この「 無償の愛 」を、「 軸 」とする思考が、美輪さんの人間観、世界観を形成します。



では、なぜ、美輪さんは、「 無償の愛 」を知る人間になったのでしょうか?


美輪さんは、同性愛者です。


それは、どんなに相手のことを愛しても、「 永遠の愛 」に発展することのない愛です。


特に、美輪さんの青春時代は、同性愛者は変質者だと思われていた時代です。


この社会環境が、高次元な知性を持つ美輪さんに影響し、自分の愛情を相手に押し付けず、また、相手に愛情の見返りを求めない、「 無償の愛 」を知る生き方となったのでしょう。



同姓愛でも、男女の愛でも、正しい愛とは、「 無償の愛 」です。


美輪さんを、うさんくさい変人だと見ると、彼の言ってることは心に響きませんが、「 人間、美輪明宏 」として、彼の言葉を聴けば、参考になることばかり言っています。




★自律した精神=日本人の奥の深さ


では、なぜ、自律した精神を持つ私は、これほど物事を深く洞察できるのでしょうか?



美輪明宏の「 無償の愛 」が、叶わぬことが前提の価値観だとしたら、


正しいことのために、自分の愛情を犠牲にした価値観が、「 究極の愛 」



叶わぬことが前提の価値観は、最初から、仕方がないと自分の心に妥協をします。


自分の愛情を犠牲にした価値観は、自分を超越するための「 使命感 」が必要になります。


「 究極の愛 」を知る人間の、心の葛藤の深さは、「 無償の愛 」の人間の心の葛藤の比ではありません。



同性愛者であっても、お互いが好きになれば、肉体的繋がりができます。


永遠の愛に発展しなくても、燃え上がるような恋は経験できます。


それは、ひと時であっても、心と体が幸せになれる時間が持てるのです。



しかし、究極の愛とは、お互いが好き同士であっても、正しいことを追い求めるために、心と体が幸せになれるひと時の時間すら求めないのです。


一生に一度、出会えるかどうかの、愛すべき人に対し一切の欲望を求めず、愛すべき人のために正しいことを追い求めて生きた結果、知る真実が、究極の愛です。



深い心の葛藤を乗り越えた人間は、心の葛藤が浅い人間を洞察できるのです。


己の力だけで、己の欲望に打ち勝ち、自分の心の葛藤を乗り越えた人間は、自分の感情を優先し心の葛藤に苦しむ人間に、同情など一切ありません。


なぜなら、心の葛藤こそが、自分を進化させるための試練だと知るからです。



★自分に打ち勝つ精神を持たず、己の愛した人を裏切らない心も持たず、正しい生き方に対し目を背け、己の感情論ばかり言うような、知識はあっても、知性は猿並みの人間が、私の人間観、世界観を理解できるはずがありません。