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先日、NHKでBZの特集番組を放送していました。
私は、この番組を見て、一流と超一流の違いを認識しました。
この番組では、BZのギターリストの松本孝弘と、ボーカリスト稲葉浩志に、「なぜ、BZは売れるのか?」を質問していました。
この質問に対し、松本氏は、「 感覚だ 」と答えていました。
では、松本氏の言う感覚とは何でしょうか?
その答えが、松本氏がBZの新曲をつくる風景の中に収録されていました。
彼は、BZの新曲をつくっているときに、新曲のギターのソロ部分を試行錯誤していました。
そのフレーズは、たかが2、3小節の、時間にして数秒です。
誰もがあまり気にしない箇所まで、自分が納得いくまで時間をかけて取り組む姿勢に、私はとても共感をしました。
第三者が聞くと、松本氏のつくるフレーズは、どれも良いモノです。
たかが2、3小節のフレーズに、何種類もの曲をつくることが出来る、彼の才能は、ひた向きにギターの勉強と練習を積み重ねてきた努力の結晶です。
たかが2、3小節のフレーズをつくるのに、何ヶ月もかけて取り組むこととは、周りのスタッフが休憩しているときでも、彼は、休む時間も惜しんで曲つくりに没頭している証明です。
自分の才能にアグラをかくことなく、自分のやるべきことを真摯に取り組む姿勢が、凡人には感じることが出来ない感性を養います。
この裏打ちされた努力の結晶が、松本氏が言う「 感覚 」だと、私は思いました。
「なぜ、BZは売れるのか?」
この同じ質問に対し、ボーカルの稲葉氏は、こう言いました。
「 手を抜かないこと 」
では、稲葉氏の言う、手を抜かないこととは、具体的に何でしょうか?
この答えも、この番組の中に収録されていました。
稲葉氏は、BZのボーカリストとして、常にベストのパフォーマンスができるように体調維持に努めていました。
その体は、アスリート並みに鍛え上げられていました。
また、良い声を維持するために声帯にも気を使い、真夏でも部屋のクーラーは使わないほど徹底していました。
自分の地位や名誉におごることなく、ストイックに節制する日々の積み重ねこそが、稲葉氏のBZに対する自信と誇りなのでしょう。
松本氏も稲葉氏も、言い方は違いますが、自分たちの才能や人気にアグラをかくことなく、自分のやるべきことを真摯に取り組む姿勢こそが、裏づけされたBZの人気だと考えていると、私は感じました。
★価値観の共有
稲葉氏は、この番組のインタビューで、このようなことを言っていました。
「 誤解されることを恐れず言えば、僕はBZの曲に、100%満足はしていない! 」
これは、どういうこのなのでしょうか?
稲葉氏自身が、満足する曲をつくりたいのであれば、自分で作詞作曲を手がければいいだけです。
しかし、松本孝弘という稲葉氏が認めるアーティストがつくった曲に、稲葉氏が自分の世界をどう表現するのか!
お互いが認め合う価値観をぶつけ合い、曲つくりをした方が、たとえ80%の満足度でも、良い作品が出来ると、稲葉氏は実感しているのではないでしょうか。
私のブログのコメントに、「価値観をぶつけ合うことで、よりいい価値が生まれるのではないか」と、コメントがありましたが、おっしゃる通りです。
しかし、それは、同じ努力をする人間同士でなければならないのです。
稲葉氏のように、声帯と体力維持のために、ストイックに節制した生活をすることとは、自分の快楽を追うことを最小限にした、健全な日常生活の積み重ねです。
もしも、稲葉氏のパートナーが、自分の才能に溺れ、乱れた生活をし、薬物の力を使って曲つくりをし、薬物で元気になった体を癒すために、毎日のように乱交パーティーをするような、快楽を蝕む人間だったら。
同じ理想を描いていても、その生き方のプロセスが違うため、本気で価値観をぶつけ合うことなど不可能です。
★一流と超一流の違い。
一流の人間とは、才能や強運を持つ人間です。
超一流の人間とは、自分の才能や自分の立場におごることなく、努力を続けられる人間です。
超一流の人間の考え方とは、
自分のやるべきことを真摯に取り組めば、結果は後から付いてくる。
周りの力で、作ることが出来るのが一流
周りの力だけでは、作ることが出来ないのが超一流
一般人も、結果を出した人間が、超一流の生き方をしていれば、すごいと思うことは出来ます。
ただ、一流になる資質を持っていない人間ほど、超一流の人間の生き方よりも、一流の人間の生活スタイルに興味を持ちます。
そのため、結果を出した超一流の人間の生き方は凄いと思っても、結果のない超一流の人間の感性を持つ人間の生き方には、興味はありません。
金さえ儲かるのであれば、自分がリスペクトできない人間にでも、自分を殺して付き合うことが出来る、このような考えをする人間が、超一流の感性を持つ人間と価値観をぶつけ合い、新しい価値観が生まれることは絶対にありません。