3兄妹ママ育児日記

3兄妹ママ育児日記

日々の育児のことを忘れないように日記をつけることにしました。
30代、二歳男の子、0歳女の子のママです。

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娘の涙をこらえる姿から、急に決意を固めた月曜日。

普段なら、保育園から帰ってきて、まず授乳がお決まりでしたが、この日はとにかく抱っこで気をまぎらわせました。

いつもより少し早めに夕飯を食べて落ち着いたところで、すかさずお風呂の準備!

機嫌を損なわないうちに、
お兄ちゃんとニコニコ遊んでくれているうちにお風呂セットを準備して、一気にお風呂を済ませます‼


普段なら、お風呂上がりにお茶を飲んでから授乳~の流れですが、

お茶を飲んでいる間に、大好きなヨーグルトを目の前に。

夢中でヨーグルト食べてくれたので、なんとか授乳回避…かと思いきや、

ヨーグルトを半分くらい食べたあたりで、気づいてしまいました。

おっぱい飲んでないよー
ってことに。


眠いのもあって、エンエン泣きながら欲しがっていましたが、なんとか抱っこで一旦落ち着かせ、急いで歯ブラシ!


そりゃー泣くよね😅

歯ブラシして、ギャン泣きでしたが、抱っこ紐で抱っこして、しばらくゆーらゆら。

眠いし、おっぱい飲めないしで、
イライラMAXの娘。


抱っこ紐から抜け出そうになりそうなほど、暴れて泣いておりましたが、30分そこらで、力尽き就寝。


そのまま三時間くらい寝てました。


月曜日は、仕事の都合でパパが夜居ません。
夜中の断乳はパパにも協力してもらおうと思っていたので、

この日、夜中に三度起きた時は授乳しました。


満足そうに飲む娘を見て、
心が揺らぎました。



それでも、朝起きてからは、なんとかまぎらわせながら授乳せずに朝ごはんを食べて保育園へ
連れて行くことに成功。


先生にも、断乳チャレンジしているので、もしかしたら日中機嫌が悪くなるかもしれないと伝え、仕事へ。
先生にも、娘ちゃん頑張ってるんですね!と応援してもらえました。


仕事へ向かう途中、
もう、娘に授乳することはないのかと少し切ない気持ちになったのを覚えています。





つづく
しばらく空いてしまいましたが、断乳のつづき。


一歳半健診で、もう少し授乳を続けてもいいんだと思ってからは、少し気が楽になって、娘のペースでそのうちやめればいいかな~なんて思ったりしてました。

夜間の頻回授乳もここまでくると馴れたもので、夜中に2、3回起きるのは当たり前の体になっていたので、冬場で寒いなくらいな感じでした。



娘はというと、相変わらずおっぱい大好きで、安定剤がわりに吸っておりました。
(お腹を満たすというよりは、完全に心を落ち着かせるために吸ってる感じ。おっぱい飲んだ後に、普通に食事食べたりしてました 笑)


二歳上のお兄ちゃんの影響も大きいのか、大人が話していることを、かなりちゃんと理解している様子も見られたので、負担にならない程度におっぱい終了を言い聞かせてみることにしました。



授乳する前に

『発表会(1月後半)終わったらおっぱいバイバイできる人ー??』

と聞くと、
早く飲みたい娘は、どこまでちゃんと話を聞いていたのかわかりませんが、

手を挙げて
『はーい😃✋』
とお返事をしてました。

授乳前にこのやり取りをしてから、おっぱいをあげるようにしてみました。
(日中のみで、夜間起きたときは別です)


もちろん、このときは、
発表会が終わったら、そのまま卒乳できたらラッキーくらいの感じで、
娘に言い聞かせているものの、
余り期待もせず、発表会終わっても
ギャンギャン泣いて欲しがったら、そのときは仕方ないかなって思ってました。




言い聞かせは、一ヶ月ちょっとくらいの期間、何となく気が向いた時に言っていた感じです。


さて、そんなこんなで、発表会。
息子も娘も、どうやら本番に強いようで 笑

二人とも舞台の上で堂々と練習の成果を披露してくれました。




発表会が終わり、いつもの平日が戻ってきた月曜日の夕方。


いつもは、保育園から帰ってくると、何よりも先におっぱいだせーと言わんばかりに泣き出す娘。


この日は、帰宅してしばらくおっぱいのことを忘れていた様子ですが、
ひとしきり遊んで思い出したころに、私のほうへ近寄ってきたので、

ためしに、
『娘ちゃーん、発表会終わったら、おっぱいおしまいってお約束してなかったけー??』

って言ってみたところ、

まさかの娘。



一瞬固まり、何かを考えたあと、
目に、たくさん涙をためて、頷くじゃないですかー!!

ちゃんと、わかっていたみたいなんですよね。
本当は今すぐにでも、欲しいだろうに、
泣くのを必死にこらえて我慢してる姿は、
たまらなかったです。


母ちゃん、その姿を見て、決めました。

娘のこの気持ちを無駄しちゃいかん。
私も腹をくくろう。


この日から、娘と私の断乳への戦いが始まったのです。



つづく。




先月末、大好きだった祖父が亡くなりました。











少し前から、体調が良くないと連絡を受けていたので、去年の年末は急遽実家へ帰省しました。
私は三姉妹の長女ですが、次女、三女もすでに結婚しており、通常であれば、それぞれの旦那様のご実家に帰省するので、みんなが集まることはなかなかないのですが、今回は全員が家族と帰省し、賑やかな正月をおくりました。


祖父にとって、孫は私たち三姉妹だけなので、同居していたこともあり、小さいころからとても可愛がってもらいました。

祖父は職人で、知らない人から見ると、少し強面なのですが、中身は温厚で気遣いができ、孫はもちろん祖母にも嫁である母にもとても優しい人でした。

そんな祖父の優しさを当たり前と思っていた学生時代。
高校、大学、果てはアルバイトさきまで、車で送り迎えしてくれた祖父。
大好きなお酒も、私を迎えにいかなければいけないからと、私が学生時代は禁酒していたそうです。


共働きの両親にかわって、わたしたちの面倒を見てくれた祖父母。
感謝しても感謝しきれないほど、お世話になりました。

いつか、恩返しをしなければと、わかってはいたのですが、

子育てに追われ、
実家へ帰省しても、子供たちを見ているのでいっぱいいっぱいで、
なかなか祖父母とゆっくり話をしたり、お出掛けに連れていってあげることもできずにいました。


それでも、実家へ帰省すれば、
嬉しそうに曾孫とふれあい、いつも笑顔で迎えてくれた祖父。

そんな祖父に、まだ甘えてしまっていたのでしょう。

もしくは、もう長くないと聞きつつも、祖父が居なくなるなんて、ちゃんとわかっていなかったのかもしれません。



母から、祖父が入院し、
もう危ないかもしれないと連絡をもらったときも、

なんとなく他人事のような気がしてしまい、実家に帰省はしませんでした。


末っ子の妹が祖父のお見舞いに行ってくれたので、祖父の様子を聞くと、

意識もあって、話ができたよー。
でも帰り際、長女ちゃん(私)とまちがえて、
心配いらないから、早く帰りなさい。
っていつもみたく気を使って言ってたわー。


って。
三姉妹みんな可愛がってくれていた祖父ですが、特に私のことを可愛がってくれていた祖父。

会いに来てほしかったんだ。

そう思いました。

肺炎を発症し、インフルエンザにかかってしまい、薬が効かず、良くなる見込みがないとのことで、延命治療を望まなかった祖父は、苦しくなくなるような薬にかえてもらったそうです。

その連絡が日曜日の夕方。
(妹がお見舞いに行ったのは、前日の土曜日でした)

それでも、まだ大丈夫だろうと、
きのう、妹はまだ元気だったよといっていたし、前も危ないといってても、元気になって退院したし、
春になったら会いに行ければいいな、
いまは、仕事も立て込んでるし、落ち着いたら会いに行こう


きっと祖父は会いに来て欲しいんだろうと、
思いつつ、忙しさを理由に適当な言い訳を自分に言い聞かせて
その日のよるは寝ました。



次の日の朝
夢に元気だったころの祖父が出てきたんです。

前後の夢の内容は忘れてしまいましたが、
いつもの笑顔で、
『大丈夫、大丈夫』
と言っていた祖父。

ふっとそこで目が覚めたのが、
朝7時少し前でした。




そのときは、
祖父の元気だったころの笑顔が、夢のなかで見れて良かったな~
なんて思っていました。

いつものように、朝仕事にいく準備をしていたところ、

母から、
『今朝6時50分に祖父が亡くなった』
と連絡がありました。



はっとしました。
夢で会いに来てくれた祖父。

祖父が言った
大丈夫、大丈夫は、
きっと私が会いにいかなかったことを責めてないよ、って意味なんじゃないかって。

土曜日、妹がお見舞いに言ったとき、
ブラックジョークで
『死んだら夢のなかで会いにいくからな』
って言っていたそうです。


でも、家族のなかで夢に出てきたのは
わたしだけ。

たまたまかもしれませんが、
でも私は祖父が会いに来てくれたんだと思っています。

大好きだった祖父。
でも、何も恩返ししてあげられなかった。
甘えるだけ甘えて、最後にあいに行くことも出来なかった。
なんて、申し訳ないことをしたんだろう。



はこの中の祖父は、今にも目を開けて、
お帰りと声をかけてくれそうな、いつもの祖父でした。


祖父のへやには、先日まで普通に生活したままになっていて、

振り返ればそこに祖父がいるんじゃないか、
まっていれば、祖父が帰ってくるんじゃないかと錯覚するほどでした。


葬儀のあと、みんなが祖父の話をして笑っていても、うまく笑えない私がいました。
それでも、次の日には、普通の生活が戻ってきて、仕事にいけば、ちゃんと仕事をこなし、
同僚と笑い話だってできました。

祖父が亡くなって、
ものすごく悲しいのに、普通に生活出来てしまう自分に違和感を感じ、

ふと一人になると、
生前に会いにいけなかった後悔の気持ちで押し潰されそうになります。


夢の中に会いに来てくれた
祖父の笑顔が忘れられません。


今まで、ずっと苦しかったね、辛かったね。
おじいちゃん
天国ではゆっくり休んでください。


たくさん愛情をありがとう。
あなたの孫でいられたこと、本当に幸せでした。


何も恩返し出来なくてごめんなさい。
いままで本当にありがとう。

おじいちゃん大好きです。