高校時代のこと、部活の時間にある卒業生が訪ねてきた。ほっそりとした長身の端正な顔立ちの青年だった。といっても、実際はかなり以前の卒業生で、もうすでに30代だった。顧問の先生がそのOBをみんなに紹介した。その人はブロードウェイで舞台美術の仕事をしていて、若くして地位を築いていた。東京に用事が出来て来日して、懐かしくなって母校に立ち寄ったという。憧れの視線がその人に集まった。みんながその人を囲んでニューヨークの生活のことを聴いた。その姿はまぶしかった。でも僕はその人の後を追っていけると思って疑わなかった。その人の背中は、近い将来の自分の姿だと思っていた。「それじゃ、みんなも頑張ってね。」と言ってその人は去って行った。その背中は、けっして遠いものだとは思っていなかった。
あれからずいぶん時間がたった。あの人の背中はもうすっかり遠くなって、もうすっかり見えなくなってしまった。僕はいったい何をしてきたのだろう。なんで僕はこんなところにいるのだろう。ブロードウェイどころか東京にすらいない。僕の人生は失敗だったのだろうか。心のどこかで自分を責め続けてきた。僕は失敗したと。
でも、今は気づいている。自分は失敗者だと決めつけたそのことこそ、それが僕の失敗だったと。ブロードウェイでなくても心躍ることはどこにだってある。あの人の背中にこだわるあまりに、僕はどれほどのものを見落としてきたことだろう。遠くの輝くものに目を奪われて、道端の野の花も見えなかった。何も大切にしてこなかった。それこそが僕の失敗。
今でもあの人の背中は美しいと思うけれど、僕は僕の心躍る道をつくればいい。
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