「普通」に合わせるのは苦痛じゃないか | 黄昏黒猫屋敷ー布人形とイラストの小部屋

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世間からかなりずれている管理人、黄昏黒猫堂こと黒猫が自作人形やイラストを発表しつつ、ニート、ひきこもりなど生きずらさを考える。(画像一覧で作品を見ていただけるとうれしいです。)

 明日はひきこもり当事者・家族・関係者の集会に行ってきます。主催者から何か喋れと言われているのと、分科会の司会をやらなくてはならないので、体調はしっかり整えておかなければ。

 ところで、ひきこもりを脱却するとき、とにかく普通になることを目指すスタンスが目立って、そこにどうも違和感を感じてしまうのです。

 普通って、何だろう。この世界には、LGBTの人が10人に一人、何らかの発達障害を持つ人が10人に一人、環境適応性の低いHSPの人は5人に一人、他にもいろいろあるでしょう。それを「普通」でひとくくりにするところに無理があるような気がします。よく言う「普通」というのは本当はひとつの「思想」で、誰にも当てはまるものではなくて、実際は誰にも当てはまらないのかもしれない。そんな気がするのです。

 明日は、そのあたりのことを投げかけてみたいと思います。行政の支援は、通り一辺倒の「まず、就労ありき。」だったりして、当事者心の内には向いていない。個別性に目を向けるのは効率が悪いので、どうしてもそうなってしまうのでしょうが、普通という一般性よりも、個々の人間の個別性にこそ目を向けるべきだと思います。

 「みんなちがって、みんないい。」という言葉は誰でも知っていると思うのですが( これ、僕の思い違い?)。どうも十羽ひとからげで、みんなで息苦しい思いをしているようでなりません。

 

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