2024年10月、大阪市平野区のマンションの一室で、
交際相手の息子(当時1才)に暴行を加え、
腹部の内出血で死亡させた疑いで、
大阪府警に逮捕された27才の男性。
2021 年3月、大阪府茨木市内の交際相手の自宅で、
当時4カ月の女児の頭部に何らかの方法で暴行を加え、
急性硬膜下血腫など回復する見込みのないけがをさせたとして、
22年に逮捕、起訴された47才の男性。
大阪地裁はこの2件の裁判で、
相次いで無罪を言い渡した。
どちらも検察が主張した、
暴行による被害だとするのは推認が過ぎ、
結びつける証拠が無く、
取り調べ段階でした、とされる自白も、
強要、もしくは誘導や歪められた可能性を否定できない、と、
大阪府警と大阪地検を、バッサリ断罪した。
大阪地検といえば特捜部が、
村木厚子厚労省元局長に対して証拠を捏造した冤罪事件や、
プレサンスコーポレーションの元社長の横領事件での、
脅迫まがいの恫喝が記憶に新しいが、
これらの事件は、
大阪地検特捜部の捜査手法や、
組織の在り方について、
社会的な議論や批判を巻き起こす原因となった。
にも関わらず、まだこんな捜査や起訴を続けているのか。
全く反省が無い事に驚く。
1歳で重い障害を背負った女児は、
5歳になった現在も意識が戻っていない。
そして確かに虐待によって、
死亡したり怪我を負ったりする事件が後を絶たないのは事実だろう。
交際相手や再婚相手の連れ子が被害に遭うケースも多々あろう。
だからといって、
初めから交際相手や再婚相手が犯人だと決めつけて、
そのストーリーに合った証拠や証言を集め、
見つからなければ脅してでも
自分達が描いた「自白」をさせる、
そのどこに正義があるのだ?
意識が戻らない女児は、
医師の証言などによって、
てんかん発作による低酸素脳症が原因ではないか、とされた。
脳深部の血腫は、
外力でできるものではない、と。
つまり、病気だった訳だ。
それすら犯罪に仕立て上げて、
誰の為になるというのだろう。
この事件を知って、
俗に東住吉事件と言われる冤罪事件を
思い出した。
事件の詳細は以下の通り。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BD%8F%E5%90%89%E4%BA%8B%E4%BB%B6?wprov=sfla1
この事件が起きたのが1995年。
再審決定が地裁で出たのが2012年。
だが検察は特別抗告や即時抗告を駆使し、
いたずらに再審開始を遅らせたばかりか、
刑の執行停止をも阻止しようとした。
その結果、再審が開始されたのが2016年だったが、
再審開始と同時に検察は、
自分達の否をやっと受け入れたのか、
有罪の主張も立証もせず、
判断を裁判所に丸投げしただけで、
数ヶ月で無罪が確定した。
弁護側が示した燃焼実験を認めざるを得ず、
反証の仕様も無かったのだろうが、
いざ再審になったら早々に尻尾を巻く事態だったのに、
ろくな検証もせず、
思い込みによる筋書きを貫こうとする、
検察のこの体質、何とかならないのか。
しかも冤罪が認定されても、
謝罪の1つも無かったというのだから、
人として必要な、
最低限の常識すら持ち合わせていないらしい。
少なくともこの30年に限れば、
この手の冤罪事件は、
大阪地検が断トツに多い様に思う。
以前も書いたことがあるが、
冤罪が起きる要因の大きな1つが、
全ての証拠を開示する義務が検察に無い事だろう。
明らかな冤罪の場合、
出てきた証拠の中には、
辻褄の合わない物、
有罪を否定する物、
時には無罪推定できる物が、
必ずあったはずなのだ。
だが有罪にする為に、
そこには簡単に目を瞑る。
良心は痛まないのだろうか。
昨日までやっていたテレ東系の、
「元科捜研の主婦」というドラマの中で、
それまで完全に否認していた被疑者が、
自分がやったと突然自白して、
その夜首を吊って自殺するという事件が、
7年前に起きた。
その直後、遺留品のDNAと被疑者のDNAが一致せず、
つまりは冤罪であったことがハッキリした訳だが、
冤罪被害者が留置所の中で自死した、と分かれば、
世間の非難を免れない、と、
DNAは一致した、という嘘の発表をして、
逃げ切れないと思って死を選んだ、というストーリーに作り替えようとした。
最終的には事実は白日の下に晒されて、
隠蔽を指示した刑事と、
それに従った科捜研職員は逮捕されていたが、
現実社会では、
この冤罪による無駄な時間の浪費で、
真犯人を逃がしてしまったり、
時効の壁に阻まれて、
罪を問うたり損害賠償を請求したり出来なくなる事が多々ある。
冤罪の弊害は、
単に無罪の人を罪に陥れるだけではなく、
真相の追及をできなくしてしまう事にもある。
本当に全ての検察官に言いたい。
貴方達の仕事は、
犯罪を捏造する事ではないはず。
だが何度も冤罪を作ってしまっている現状を見れば、
構造的な問題もあるのだろうが、
個人の資質の問題も大きいのではないか、と言わざるを得ない。
いい加減、失敗から学んでくれ。
少なくとも司法に携わっている以上、
「10人の真犯人を逃すとも、
1人の無辜(むこ)を罰するなかれ」
という法格言は知っているはず。
その言葉の意味、その言葉の持つ重み、を、
今一度よく考えて欲しいと思う。