「兄とその妹」(1939年作品)感想 | 深層昭和帯

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島津保次郎監督による日本のドラマ映画。出演は佐分利信、三宅邦子、桑野通子。

 

 

<あらすじ>

 

サラリーマンの間宮敬介は、妻あき子、妹文子と暮らしていた。文子は英文タイピストとして働いていたが、ある時彼女の英語力を知らない人間に英語でバカにされる出来事があった。その人物は後で謝ってきたが、デートに誘われるとバカにするなとばかりに文子は断った。

 

文子をバカにした道夫は、敬介の会社の部長の甥であった。その部長から、ぜひ道夫の嫁に文子をくれと懇願される。敬介は文子にそのことを伝えるが、部長の甥に妹を嫁がせることに会社の中で嫉妬が生まれていることを知った文子は断りを入れる。

 

文子のことを伝える間もなく、敬介の出世が決まった。喜んでいると、代わりに左遷させられた男が妹を使って取り入ったと敬介を殴りつける。会社の中の立場に困り、同時に憤りも覚えた敬介は辞表を提出する。

 

夜の街をうろついていた敬介は、友人の会社で働くことになった。転職してみれば、文子の結婚に支障がなくなったことに気づく。とりあえずは一家で転職先へ引っ越すことになり、結婚はそれまでお預け。辞表を提出したことさえ、間宮家では小さな出来事になった。

 

<雑感>

 

戦前の松竹作品。戦後になって同名タイトルで東宝がリメイクしている。島津保次郎監督の小市民シリーズとのこと。戦前の風景がなんとも美しい作品であった。何せ戦前の作品なので役者の名前などはまるで分らない。敬介に新しい仕事を与える恩人は笠智衆のはずだ。

 

この作品は戦後に東宝がリメイクしている。何も起きない日常を描いた作品なのに、わざわざリメイクする需要があったということは、それだけ名作なのだろう。確かに、特にハラハラするわけでもないのに何となく最後まで見てしまう。

 

劇中で文子が英語が達者という描写がある。戦争が始まる前はこれが普通だったのだ。登場する男たちもみんなアメリカ風のいでたちで、洒落ている。1934年にベーブ・ルースが来日してからアメリカに対する好感度はむしろ上がっており、アメリカとの戦争が発表されたときの日本人の驚きは相当なものだったことがうかがわれる。

 

アメリカとの戦争は、世界恐慌以降絶不調になった日本経済の状態と、汚職事件に伴う政治の混乱、官僚機構の機能不全、度重なる軍の反乱などが原因で、国民に反米感情があったわけではない。むしろ、「なぜベーブ・ルースの国と戦争するのか?」と不思議がられていたのだ。

 

アメリカとの戦争に賛成していたのは、いわゆる政治通と呼ばれる人種で、彼らはしたり顔で英国の策謀による国際通商の機能不全と背後にいるアメリカの存在を理由に戦争に賛成していた。昔からこの政治通ぶった奴らの先見の明のなさは変わらないのである。普通の庶民の「アメリカは発展した国だし、ベーブ・ルースも来てくれたのに、戦いたくない」という感覚の方が自然で正しいのである。

 

☆3.5。とにかく上品な作品。驚くのは、敬介が辞表を書くシーン。その達筆ぶりに驚く。戦前は教養も豊かだったのである。