「どろろと百鬼丸」(1969年作品)第4話(万代の巻・その二)感想 | 深層昭和帯

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村にやってきて金を恵み、災いを遠ざけてくれていたと信じていた万代が、実はその化け物自身であり、元は村の娘に憑りついた悪霊だったという話の続き。



万代の部分はそんな面白くはないが、物語の終わり、無事に万代を倒した百鬼丸が突如苦しみ出して左足が抜け、みるみるうちに本物の脚が生えてくるところが見どころ。

実の親が悪霊と取引をし、身体48カ所が欠損して生まれてきた百鬼丸は、こうして48体の悪霊と戦って自分の本当の身体を取り戻していく。ところが漫画は最後まで描いていないのだ。この1969年版のアニメはラスボスまでやっているらしいのだが、どうもただのハッピーエンドで、どろろと百鬼丸の関係に何か大きなことが起こったわけではなく、中途半端なようだ。

そこで問題になるのが今度始まる新作だ。「どろろ」の物語で完全決着をつけるためには、手塚的な深みのあるラストシーンでなくてはならない。それが望まれているのだ。欠損した身体すべてを取り戻した百鬼丸はどんな人間になるのか。また息子である自分の身体を売り渡して天下を取った父を許すのか許さないのか。そしてどろろとの関係がどうなるのか。

どろろが心底慕った百鬼丸が、身体を取り戻した途端に変節し、父と同じような悪党になってどろろと対峙するのかしないのか。やりようはいくらでもある。そもそも漫画が終わったところから始めるというやり方もある。どのような構成でアニメ化するのか本当に楽しみだ。

一番悪いのは、漫画をそのままアニメにして、中途半端で終わることだろう。それはガッカリなのだ。やるなら手塚を超えるくらいの気概でやってもらわないと。

さてどうなりますか。