能登半島地震の復旧作業が本当に進んでいません。



大阪万博進めている場合じゃないでしょ。

行き当たりばったりの政治は取り返しがつかないことになります。


メタンガスの爆発事故多発の人工島への交通手段がシャトルバスと地下鉄のみで徒歩では渡れない場所へ大切な子どもたちを行かせるわけにはいきませんよね。
なにかあったらヤバ過ぎます。
なにか起こる確率が高い場所じゃないですか。

夏の朝
熱い想いが爆発しないために
意見を記しました。

あっという間に梅雨があけてしまいましたね。

鎌倉旅行の時は梅雨が始まった頃でしたが、時が経つのが早く感じます。


今回の旅は思い出をたくさん引っ張り出していく道行きとなりました。過去記事を探していくうち、伯父の葬儀のときに気づいた鎌倉旅大好き家系は、私も立派な一員なんだわと納得してしまいました。


二日めは江ノ電を使って鎌倉駅へ行くことにしました。

弁天橋を渡るとき海はかなり波立っていました。空には龍雲がたくさんありました。


いつもなら、すばな通りを歩いて踏み切りを前に江の島駅に入るのですが、駅舎に入るその前に一度訪れてみたかった龍口寺に向かおうと踏み切りを渡りました。

大通りに出るとモノレールの駅があり、帰ってから調べるとそこから乗れば龍の口明神社に行けたようです。
龍の口明神社は江ノ島の五頭竜が眠る場所といわれています。



こちらは、江ノ電駅から五分くらい歩くとある龍口寺。

ここは日蓮上人が鎌倉幕府に捕らえられ処刑を受けることになった場所です。

けれど、天変地異により助けられたという伝説の場所です。

日蓮さんが一晩留め置かれたという土牢がありました。

そこに立つと大塔宮御土牢が頭を過ぎり、この場所は本当にそのまま残されてきたのかしらと考えが浮かびましたが、深く御参りをさせてもらいました。

本堂の御参りを済ませて駅にむかうと雨が強く降ってきました。


この辺りを江ノ電は路面電車の形で走っています。電車の車窓から見える楽しい町並みが歩ける場所でした。






江ノ島駅は以前は駅構内に線路を渡りホームに行く場所があったのですが、そこは通行禁止になっていて外の踏み切りを渡らないと鎌倉駅方面のホームに行けなくなっていました。
知らずにちゃんと行き先にあった乗り場に来れたようでした。
良かった~(笑)


電車に乗って視える景色を懐かしんで、和田塚駅の名を聞いたとき、自然に黙祷の状態になりました。



雨の月曜日。
鎌倉駅はそれほど混んではいませんでした。

それでは、もう少し続きます。


40周年記念の旅から帰ってきて2週間たちました。曇り空だったので日焼けはないかなと思っていたんですが、一日歩いていたら首まわりが日焼けしてしまい、それがあせもになって今首が痒くて大変です。

それでは旅の続きです。
エスカー(一区)を降りると迎えてくださるのが、
辺津宮境内の白龍さま
ここの池でお金を洗い、それをお賽銭としてなげて賽銭箱に入るとラッキーなんだそうですが、一回チャレンジして弾き飛ばされました。
地道に生きていきます。(笑)

この日は夏越の大祓でしたので辺津宮の茅の輪くぐりをさせてもらいました。
辺津宮の茅の輪は青々として綺麗でした。


エスカーのチケットを買う時に「シーキャンドルは行きますか」と聞かれて予定はなかったけれど、一度は登っても良いかなと「はい」と答えました。
「岩屋へは行かれますか」とまた聞かれて、足もとが怪しい夫婦だからなと考えていたら、つれあいは「良いよ」と言ってくれて江の島1day券1100円を購入してしまいました。

シーキャンドルから残念ながら富士山は見えませんでした。
江の島神社を御参りしたあと、意を決して(笑)稚児ヶ淵まで行くことにしました。
でもその前にお山祭で乾杯。

富士見屋さんで江ノ島ビール


アジフライは予約制だそうで、つまみはアジのたたきをいただきました。

一休みを充分にして岩屋への階段を降りました。
つれあいは膝の痛みが強くて階段が一番の苦手なのです。
そして、つれあいは痛みが一番苦手なのです。
おかげで注射大嫌いのためにワは打ってません。

ただ、私と歩いているときは、痛くても痛がりません。いつも私のバランスが悪いところを一生懸命フォローしてくれます。


風が強かったです。

岩屋には、欽明天皇の時代の江ノ島神社発祥の地があります。
岩屋巡りでは蝋燭台を持ってその祠へと向かいます。
無事に御参りが出来て、帰るときに「欽明天皇は聖徳太子のおじいちゃんだよ」と言うと爽やかな風がスーっと通り抜けました。
第一岩屋を巡ったあと七夕の短冊を書くコーナーがあり、二人で一枚づつ書きました。

第二岩屋は龍神の伝説が多く残されているパワースポットとしてありました。



豪快でした。


出口を出ると傘が必要な雨模様になり、岩屋への観光客の列は長く続いていました。

帰り道は船が運休でしたから、また階段です。

まっ、良くがんばりました。
宿が江ノ島内ということで、がんばれました。(笑)



二日めに続きます。





今年は私達夫婦の結婚40周年なのです。
1993年のフライング10周年の旅行に続いて、今回も鎌倉旅行に行ってまいりました。

今回の宿は江の島に取りました。
電車で移動する旅は私が計画を立てます。
初めは鎌倉駅から江の島への道順で考えてましたが、江ノ電に乗るだけで2時間待ち?のニュースを見て考え直すと藤沢から行くのもありかと気が付きました。
片瀬江の島駅に停まっていた小田急ロマンスカーをみつけ、そういえば箱根に行く時にロマンスカーに乗ったなと忘れかけた思い出をひっぱりだしていました。(笑)








駅舎の天井には素敵な龍の彫刻がありました。

くらげが優雅に漂っていました。


弁天橋はゆっくりと歩いて渡りました。渡っていくうちに雨が降ったり止んだりし始めました。
空いっぱいに雲が湧いて風が強くて、残念ながら天候不良のために弁天丸の船は出ていませんでした。
これでは、また岩屋まで行くのはあきらめないとならないかなと思いました。
結婚40周年の夫婦は足もとが危ないのです。
宿に荷物を預けて江の島巡りに出発いたしました。


行きは、もちろんエスカーに乗りましたよ。(笑)




今日はゴジラ映画をなにか選んで観ようとしてたんですが、『君の名は』を観てしまいました。

ネットフリックスをあけたら、ゴジラ映画が見つけられなかったおかげです。


『君の名は』は、一度だけ観た覚えがありましたが、ほとんど細かい設定を忘れていました。

だから、真剣に観ました。

みつはの家系は代々入れ替わりの体験を夢見として繋がれていたらしいというのがキーポイントだと思いました。

みつはの母親は早くに亡くなり、父親は神職を辞めて町長になってしまうのですが、おばあさんやみつは達は父親のその行動を嫌っていても、最後に皆を救える一手を打てたのは、父親の町長としての立場でした。みつはのお母さんも正しい相手を見つけていたんですね。


誰がかけても成すことが出来なかったラストに、天の采配は凄いなと感じました。


今日はひとつ、びっくりしたことがありました。

映画とは関係ないのですが、

この頃「焼岳」の火山性微動が多くなっているというニュースが気になって調べていると以前噴火したのが、6月6日と知り「えっ?」となりました。

知ってますか?コックさんの絵描き歌。

🎵棒が一本あったとさ〜という歌ですが、この間6月6日の朝に目が覚めたとたん、この歌が頭にポンと浮かんできたので、雨ザーザーの天災でも来るのか?いや待てよ

🎵あっという間に可愛いコックさんの帽子のマークは噴火の煙そっくりじゃないか、まさか富士山くるか?とビビったわけで、気になっていたのです。


良かった、過去を夢見したのかと思いました。

実は昔、3月3日に津波の夢をみたことがありまして、これは次男の手術の付き添いの時に見たので忘れられないのですが、その日は三陸津波があった日でした。


夢は本当に不思議ですね。