ヤクルトスワローズのつば九郎さんが旅立たれました。


昨日のネットニュースで知ったとき、落合博満氏がつば九郎が休養すると聞いた際のコメント「つばめは寒くなったら南の島へ行くんだから無理せず休め」という言葉を読んで『幸福の王子』の物語を思い出し、涙があふれました。

2月のキャンプ地にも顔を出していたと聞いています。

いつもみんなを楽しませてくれてましたね。


今日も話題にのぼり、思い出したのが、『がんばれタブチくん』のヤスダ投手です。

つば九郎のふてぶてしくて人をおちょくりながら憎めないキャラはあの「ヤスダ」に似てるんだと気づきました。


モデルはヤクルトスワローズの安田猛投手と調べました。

調べて驚いたのが、今日は2月20日ご命日でした。


がんばれタブチくんの漫画は大好きで、全巻揃ってます。

アニメもよく観ました。

タブチくんの声は西田敏行さんでした。


ヤクルトスワローズが好きな友だちに神宮球場に連れて行ってもらったこともありました。

つば九郎はまだいなかったけど。

応援団の人たちが、面白かったのを覚えています。

まあ、あの時はヤクルトより

「ヨコハマ大洋ホエエー⤴️ルズ🎵」の掛け声が気に入って、いまでも叫びたくなるフレーズなんですがね。



今日も自分の思い出話ばかりで失礼しました。



つば九郎さんの思い出も永遠に。




お疲れ様でございました。





只今、ギックリ腰で土曜日からお籠り中ですが、先週は実家に従姉妹二人が泊まりに来るというので、一人暮らしの母の手伝いで、東京におりました。

昨年のうちに母の姉妹が三人亡くなってしまい母は従姉妹たちの母のようになっています。


気心の置けない仲の従姉妹たちとの話はどこまでも尽きない面白さでいっぱいでした。


母の実家の始まりから、私が行った神社のことから、曾祖父ちゃんと曾祖母ちゃんの名前から、時を超えた繋がりを知って、頭の中が飛び跳たり深く潜ったりしてしまいました。

ご先祖さまの名前を知っておくことは大切です。

戸籍って、本当に素晴らしいなとおもいました。


従姉妹たちを見送って、片付けのためにもう一晩泊まり、次の日の朝

帰宅のために家を出ましたが、そこからは、いつもの一人旅のように、東京を歩くことを計画していました。

行きたい場所はたくさんありましたが、まず、阿佐ヶ谷の神明宮へと向かいました。

弥彦山の地にあった神明神社が、気になったのは私の故郷の社に通じるなと思ったからです。

妹の七五三の御参りはここでした。

お祭りの時に山車がパールセンターに置かれて勝手に上れて太鼓を叩いていた思い出が懐かしいです。


神明宮を出て、河北病院の方に向かうと弁天社があります。

地図を開いて見つけた場所ですが、小さい頃、よく歩いた場所なので知らなくてもそこにはあったお社だと思い御参りさせてもらいました。

その道は父方のお祖父さんと手を繋いで歩いた場所でした。

半世紀以上を確実に越えた時間なのに、それはいまにありました。


この日、電車に乗って移動しながら、不思議なことを思っていました。

若い時は、目的地に一直線に行けたのに、いまは場所に時が広がりくっついている感覚がここにあるなと。


うまく表現できなくて、もどかしいんですが。。。


弁天社からは、やっぱり馬橋稲荷にも行きたいと思い、足を運びました。





神明宮にも馬橋稲荷神社にも、幼稚園の園児たちがお散歩していました。


この地で遊んでいた時間はこの子たちの時間のときでした。






会津の地の群発地震が収まりませんね。

日本列島の真ん中で、なにが起きているんでしょう。


私の住む茨城県は太平洋側、彌彦神社のある新潟県は日本海側。

私の家から新潟へ車で行くときは、磐越道を使います。

福島の猪苗代湖方面に向かい、日本海側へと曲がります。高速道路なのに、一車線の区間がある怖い道なんですが、そこに会津の地に降りる出口があります。

いつも通る度に行ってみたいなと思っていました。


彌彦神社に行くなら、会津にも行かねばと決めて、旅の計画は弥彦に二泊としました。


新潟を朝早くに出発して、会津に向かいました。

弥彦山は名残惜しそうに姿をみせてくれていました。

この日は徐々に天気が崩れる予報でした。

雲が弥彦山にかかり始めていました。


会津と言えば白虎隊。

父が亡くなった後、夏休みに母の田舎の福島に行った時、飯坂に住む叔母が白虎隊の剣舞を教えてくれました。

踊りはもう忘れてしまいましたが、白虎隊の曲は覚えています。

向かう道中に思い出してYouTubeで探して聴きながら会津の地に入りました。


今回の目的は

「会津さざえ堂を観てみたい」でした。

ナビで行くと、白虎隊の最後の地である飯盛山に着きました。

目的地は山の上。

迷わず、会津飯盛山動く坂道スロープコンベアーに乗りました。(笑)


かなり急な斜面をグングン上がるスロープで、しっかりつかまってないと怖かったです。

そこの壁に八重の桜の西郷頼母の西田敏行さんの似顔絵が飾ってありました。(福島の西郷さんにもなって良かったね)と考えてました。

その後すぐに聞かされた訃報はショックでしたよ。。。




さざえ堂は

白虎隊の慰霊の神社の隣に建っていました。

神社は宇迦御魂をお祀りする社ですが、白虎隊の隊士のための絵や位牌が並び神社の鈴と共にお線香をあげるようになっていました。

なかなかのカオスでした。


会津さざえ堂 


六角形の屋根の堂が三層に重なり、中にあがると登りと下りが出合わない様な螺旋状の通路で作られています








お堂の天辺

江戸時代に作られたときは、三十三観音がまつられていたそうです。
明治になって変わってしまいました。

神社は仏式が合わさっているのになぁ。。。


さざえ堂のあとは散策しながら山を降りるようになっています。







           

飯盛山戸ノ口堰の洞穴は江戸時代の始めに猪苗代湖から会津へと水を引くために作られた水路の洞窟です。

美しく豊かな水が流れていました。


幕末に白虎隊が戸ノ口原の戦いのあと、この水路を通ってくると

鶴ヶ城を見やったときに城下の燃える炎を城が落ちたと思ってしまい自害をして果てたといわれています。


ここから見える鶴ヶ城は遠いです。
(涙)

参道を降りていく途中にお餅やさんがあり、つきたてお餅のお雑煮を食べました。美味しかったです。
会津に行ったら喜多方ラーメン食べようと言ってたんですけど、満足です。(笑)


お土産に会津の山塩を探しながら家路に着きました。




会津の地は四道将軍の大彦命と息子の武渟川別命が出会った場所といわれています。






夏が終わり、読書の季節になった頃に読み返すつもりで読んだ
『ベールを脱いだ日本古代史』
2012年初版
坂本政道氏がヘミシングを以て記紀神話の古代史の謎を追うという本です。
読み進むうちに、これは読んでなかったことに気づきました。
それでもここまで調べてきたことが見事に腑に落ちる内容であったことにびっくりしました。
そして、あと書きの「彌彦神社に行けば解る」という文章を読んだときは噴き出しました。


彌彦神社に行くとも!


彌彦神社拝殿内の天井には大きな提灯が並んでいます。
私、昔、夢の中でこの景色を見ています。
そのときは、赤い丸い提灯でしたが、今は白い長い提灯が並んでいます。
『大』の紋がついてますね。。。


四拍手をして参拝を無事にさせてもらい、その後はシャトルバスで弥彦山ロープウェイ駅に着き、山頂の見晴らし台まであがりました。
彌彦神社の御神山弥彦山の標高は634メートルです。
むさしですか。。。


海の向こうに佐渡ヶ島がよく見えました。
しばらく、気持ち良い景色を眺めて楽しみました。
ここのロープウェイの運営会社はホテル聚楽の創設者が始めたということで駅に創設者の読本が無料であったので、もらって来ました。
見晴らし台には小さな遊園地があって、古びた施設ながらきちんと営業されていて弥彦の人たちの心意気が素晴らしいなと思いました。

ここから先に奥宮は歩いて登るのですが、登り口を気づかずに行きませんでした。

(本当に呼ばれたのか?)


彌彦神社境内に戻り散策。
鹿苑の鹿はちょっとだけ気づいてくれました。





門前のお土産屋さんの2階に上がり、珈琲タイム。



こけしがたくさん並んでました。

落ち着いた雰囲気のお洒落なお店でした。


一日ゆっくりと堪能できた彌彦神社でした。
知らないで見過ごした場所も多々あるようなのでまた行きたいですね。


この日の夕食は寺泊港のお寿司にしようとネット検索をして見つけたお店は何故か寺泊港近くにいたのに、市街地に戻るようナビで行き、美味しいのどぐろのお寿司を食べてきました。

ナビで走る道沿いには、地区ごとに神明神社ばかりが建っていました。
そして延々と田んぼが広がって弥彦山が優しげに姿をみせてくれていました。

次の日は、またその道を通って家路につきました。



もう少し続きます。



弥彦駅の駅舎は彌彦神社の建物のような姿です。
日曜日はたくさんの利用客の人がいました。


ホームも木造り

ここは、終点
彌彦神社のための鉄道なんですね。

この後ろには弥彦公園があって




羽黒山(第三十六代横綱)の石碑がありました。


新潟には車で行ったのですけど、お宿が駅前でしたので朝のお散歩で雰囲気のある駅周辺を堪能したのです。

お宿は二泊しました。
朝食に同じものはでませんでした。
ちょっと嬉しかった。
一日め

二日め

食堂での提供でしたが
食事中にむせてしまって、咳をしていたらコップに冷たい水をスッと出されました。
宿の人の心遣いに感激しました。


また泊まりたいな

さて、いよいよ彌彦神社参拝のお話をしましょう。

宿からは車で5分くらいで駐車場に行けてギリギリ止められました。





一ノ鳥居の基礎
本当に浮いてました。


駐車場からは、玉の橋の道を歩いて行きました。一ノ鳥居からは脇道です。








参道の先には
川を渡る場所がありました。
ここを歩けば、禊になるらしいですが、私は橋を渡りました。

参道から玉の橋の眺め

ここが帰り道のとき、神さまからお役目を見せてもらった場所となりましたが、いまはまだ言わないことにしておきます。







彌彦神社拝殿です。

柏手は四拍手と並ぶ参拝客の皆さんが口にされていました。

出雲の神さまなんですね。

越後一宮 彌彦神社は、おやひこさまと呼ばれています。
「おやひことおおひこ」似ているなと思っていました。

カタカムナの本で調べると『や』の言霊は『大きい』とあったので、
やはり大彦さま?
と思いました。



続きます。