雨引観音には3時くらいに着き、第2駐車場に止めました。

駐車場ではヤギさんがお出迎え




なんて読むの?
宿る椎と書いて
『スダジイ』です。

指導員の時に面倒を見ていた子どもが面白いと喜んでいた「スダジイ」の名前があって懐かしく心がくすぐられました。
駐車場から階段をあがると、この木が見えて吸い寄せられるようにそばへ行ったのです。
幹の姿が凄いのです。
スダジイだスダジイだと連呼していました。(笑)

スダジイの実はどんぐりのような渋みがなくて生で食べられるそうです。
この御神木に会えて良かった。


楼門の天井画に龍



手水舎には桜を纏う龍さん




拝殿の垂木飾りは龍が並びます。

雨乞いで有名なら龍さんなんでしょうね。




用命天皇、推古天皇、聖武天皇、光明皇后の名が並べば、聖徳太子。
聖徳太子は石工の神さま。道沿いの石屋さん、なるほど。
雨引観音さんの麓に千勝神社がありました。
御祭神は猿田彦。
お鼻の長い猿田彦は、インドの神さまとか。

楼門には象の飾りが並んでました。

出雲口伝のワードがピタピタでした。


ひいたおみくじは久しぶりの大吉でした。


吉色 白色が嬉しいです。
白龍さんですね。








お彼岸のお寺さんでお経をあげた後の天気も良い21日に、直ぐに家に帰るのも勿体ないとお出かけを決めました。

行きたい所は筑波山と私の希望で、つれあいと二人でドライブと決まりました。


ナビに筑波山ケーブルカーといれて出発しました。

高速を使えば、常磐道で土浦からだと思っていたら、北関東道からとナビされて桜川筑西で降りました。

真壁の町を通る道は、つれあいも初めて走るよと言ってました。

この道沿いには、石屋さんがとても多かったのが不思議でした。


インターを降りてすぐに、雨引観音の看板を見つけ、「2km」で着くって近いね、帰りに寄って行きたいなと話しをしながら筑波山に向かいました。


ナビの通りに山道を上がりましたが、ずいぶんと狭く急な坂と曲がり角が続きました。

登り始めた時はトヨタ車のナビはいつも私たちにこんな道を案内するよねと軽口を叩きながら行きました。

それは、赤城山に行ったときも、前回の筑波山に行ったときも、厳し目な山道を走ったのを思い出して言ってたのですが、今回はとんでもない道に出会ってしまいました。

倒木が電柱の太い電線に支えられてかろうじて立っている場所の下を通り、一度も下ってくる車と出合わない道でした。

誰も降りてこないわけです。倒木が多い先の道は通行止めになっていました。


ナビに行き先をケーブルカー乗り場と入れたら良かったのかなと考えましたが、つれあいは筑波山神社と入れ直しました。


天下のトヨタさん、通れない道には案内しないでね。

私の行きたい場所が、そういう所を通るという話なのかなともわかりますけど。。。

後で地図を調べると男川と女川の表示があるところを通りました。

筑波山の有名なお酒『男女川』

(みなのがわ)があるのは知ってますよ。


兎に角、無事に筑波山神社脇の駐車場に着き、御参りは出来ました。













3回目の筑波山は男体山の方に。

山頂には雪が残っていました。


御幸ヶ原のお茶屋さんでお昼を食べて帰ろうと戻るとつれあいは、雨引観音にも寄ってくれました。
行きたいと言った本人忘れてました。

ただ、
雨引観音はなんの予備知識もないのに名前を聞いたことがあるだけで行ってみたい場所でした。

思いがけずに訪れることが出来たのは本当に嬉しかったです。

行けばわかるさの体験が、またありました。


もう少しまとめたいので、続きます。


空間に重なる時間。
出雲口伝を知ってから幾重にも重なる祈りの意味を旅路をしながら追いかけてきました。
理解してきたことは私の宝もの。

天津甕星の神は日高見の地の神。
星の神を辿っていけば、尾張の地があり、大彦の辿った道が見えてきます。
星の神が眠る大甕神社。
武神タケミカヅチが倒せなかった星の神を倭文神が倒した。
倒した?
武の力ではなく、『言向け和す』ですね。
天津甕星は自ら宿魂石に籠もられたのでしょう。

艮の金神が目覚められる時となりますか。。。
この石碑は宿魂石ではありません。
泉神社の龍神木が祀られている場所にある安政の大地震で亡くなった藤田東湖の歌碑です。
幕末の時代にも地震は頻発しました。
今もそんな時代なんだと思います。


震災のテーマで書いていた記事を読むうちに見つけた話です。
ここの土地に生きる者としての役割りが見えてくる気がします。

倭文神を見習ってまいります。




今日は、あちらこちらで中学生と親御さんが、街中を歩いていました。

卒業式があったのですね。

制服の後ろ姿を見て、あれから14年と気づいたらこの子たちが生まれたばかりの頃になるのかと感慨深く思いました。


あの日、夢を持って巣立った子どもたち、新しい道が開かれていたはずなのに津波にさらわれてしまった子どもたちの夢はどこにいったのでしょうか。

それをずっと背負って生きてきた人もたくさんいると思います。


繋げていくことの決意を続けることの覚悟を持つ。


若い時に諦めていた考えを今更ですが、やらなきゃならないと感じています。




三連休の最後の日、中学時代の部活仲間に会いに東京駅まで行ってきました。
先日の実家帰りから2週間経っていましたが、その時に今回の集まりが決まっていたので良かったなと思えることになりました。

前回の東京歩きは阿佐ヶ谷を回って、次は将門塚に行きたいと思っていました。
ご飯を食べようとパールセンターでお蕎麦のお店を探して歩けば、なかなか見つからず疲れてしまって、昼食を摂ったあとはどうしようかとブラブラしているとお土産屋さんを見つけました。
そこで美味しそうな和風モンブランのお菓子を見つけて買いました。

お会計の時にお持ち帰り時間は?
と聞かれ、「3時間」と答えて
(あっ!これは真っ直ぐ帰らなあかんのか)
と気づきました。
夜まで時間をとっていたのに、早々に帰宅いたしました。(笑)

なので、
今回の集まりは、ランチタイムということになっていましたのでチャンスだと気づき、待ち合わせの2時間前に東京駅に降り立ちました。


丸の内は高層ビルが建ち並び、石の壁に見下ろされてお日様の光が届かなくて、とても寒いのです。
上の写真は皇居へ向かって行くときにやっと日向にたどり着いた場所で写しました。

スマホのマップを頼りに参りました。
同じようなビルが建っているので、方向は分かりながらも将門塚への道はいつもドキドキです。

将門塚は地面についています。
とても綺麗に整えられていました。

東京駅に来る度にここへ行きたいといつもいつも思いながら、やっと来れました。


筑波山の蛙でしょうか。


九曜紋

灯籠には馬が彫られています。
相馬野馬追いをいつか観に行きたいものです。


ご挨拶を済ませると、まだ時間があったので地下鉄に乗って湯島天神へむかいました。




拝殿の柱についた飾りが素敵だと思って一枚撮りました。



この牛さんを一周廻りながら撫でました。

男坂を降りたところにあるお寺さん

ここには16年ぶりに御参りしました。
その時はジュディス・カーペンター
さんのスピリチュアルセッションに参加したときで、会場近くにあったここに御参りさせてもらったのです。
菅原道真公は歓喜天さまを大事にされていたそうです。

学問のみち

湯島天神さんから東京駅に戻り、待ち合わせ時間ぴったりにみんなと会えました。

5年ぶりの女子会はとても盛り上がりました。





ランチタイムですよ(笑)