暫くは使う事がないだろうと高校1年の時にクローゼットの奥にしまいこんだ
再び引っ張りだしたのは彼女の絵を見た時で、実に10年近く眠っていた事になる
~彼女の夢は画家ではなく国境なき医師団~
医学部へすすむ傍ら、気分転換に何気なく描いていた絵が何とも素晴らしくて・・・
だからあの油絵の道具箱を渡した
彼女は天使
素敵な贈りモノを沢山与えてくれた
素敵なポストカード
素敵な未来への考え方
素敵な恋人まで
でも彼女は医者になる事もなく
突然、人生の幕を閉じてしまった
「道具箱は?」
あの子の側に置いてあったので
これからもずっと側に置いておいて良いかしら・・・
「返して欲しい」とは言えなかった
今、想う事はとくにない
もう十分「Why」について考えたから
そして友情・愛情・芸術・不安・死生観が一気に磁石の様に吸い寄せられて、それを1つ1つ解きほぐしていくのに時間がかかった
私の場合は、それぞれの要素が一体になるとただの塊になってしまうので、敢えてバラバラにする事でバランスをとっている
ところでその後、また懲りずに2代目の道具箱を揃えて描いてみた
昔よりは描けたけれど何かを吐き出すだけで終ってしまった上に引っ越しなどでまた行方不明に
どうせ3代目を買うなら、今までとは違う絵を描きたいなぁ~
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
彼女が亡くなって、もう18年です
時々くじけそうになると、
あの時を思い出してあれよりはましだ!と、また頑張れる
これからも何度も何度も救われるのだと思う
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
そして2019年に入り、その言葉通り何度も救われてきたし
そして2019年に入り、その言葉通り何度も救われてきたし
本当の意味での人生の楽しみ方がわかってきました
むしろ原動力にすらなっている
変わらないんだけれど変われている
「平成最後の」というフレーズは私の中では
「ゼロの時期」みたいに思えます
この数ヶ月ははじまりの準備みたいな・・・・
道具はやはり大切だ
油絵にもまた挑戦したいし
出来る範囲で色々なモノ(物・者)と触れあい響きあっていきたい
そう思います
何となく今ならバランスを上手く取りながら
ステップアップできる予感
死ぬのが怖いとかは正直あまり思わない
(それはまだ底までを体験していない)
本当に怖いのは発狂したらバランスが崩れたら・・・・が一番怖い
そういう事もちっぽけな怖いに思えるようになってきている
書くより描く
考えるより感じる
そして、また気が楽になる
何だかまとまりが無くなってしまったけれど
何度も繰り返すけれど
何度も復活できる気がします
サカナクション
~エンドレス~