新潟駅で出会った宝物

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11月9日、新潟駅に2時間余り前に到着し、駅構内をぶらぶら。

先週も訪れたところだ。

駅の地下街で新潟の伝統工芸品に使用されていた

あるものを見つけた。

糸巻きとサキオリに使用する糸だそうです。

右の糸の山・・・1本に7色の細い糸が組み合わさっている。どれも極細の7色で1本になる。(写真はよく映ってませんが)・・・魅せられてしまった・・・・・が、重いので断念。これから新発田まで行くのです。糸巻は軽いので4個購入し、バッグにしまう・・・

使わなくなったものなのだという。また、高齢化して手放すという・・・近代化の波にも・・・

捨てられない・・・・この木のぬくもり。糸のぬくもり・・・・・

残したい伝統のものですねえ・・

又、新潟に行く機会があったら、この糸を購入したいなあ~!

さっそく家で利用してみました。3年前、仙台で孫と拾ったものを飾ったり、南部鉄器のキュースと・・・いろいろね。季節によって置物を変えたり、場所を変えたりして変化を楽しみます。

 

 

 

11月10日、福井県立美方高等学校へ。

 美方高校では、修学旅行ではなく、≪沖縄研修旅行≫

位置付けています。体験し、学びに行くことを意識づけています。

 のどかな、風光明媚な景色や湖を眺めながら、敦賀駅から車で約30分。丘の上に立つ学校でした。

学校に一歩入ると、出会う先生方、生徒がみんな挨拶をしてくれました。

もうすぐ開校50周年の比較的若い学校です。

進学校でもあり、また、スポーツも盛ん。

眼下に見下ろす湖でボート部が活躍。なんと、アジア選手権にも出場し優秀な成績を収めています。校内レガッタでは、町内会や先生方も生徒と一緒になって漕ぎ、盛り上がるとか。沖縄のハーリーみたいですね。

又、県学校対抗かるた選手権で優勝、福井の美味しい料理コンクールで最優秀賞をとる生徒も。文武両道の高校です。

会場はシアータールームでした。びっくりしたことがあります。生徒の上履きが廊下の壁沿いに同じ方向にきちんと並んでいたことでした。廊下を歩く人の邪魔ににならないようにとの心遣いが見えました。関心ですねえ。

又、腕章をした男子生徒が、自己紹介をし、(広報担当ですが、今日のお話を録音してもよろしいでしょうか・・・・また、写真をとってもいいですか?…)と、これまた、礼儀正しく申し込みに。

先生かと思いました。生徒のこのような取材を受けたのは、初めてです。もちろん、いいわよと、おねがいニコニコニヤリの私でした・・・

始めから、ノリノリでした。質問してもすぐ手が上がる。次々と。

この学校では、研修旅行で見学する【平和記念講演、ひめゆり平和記念資料館,壕(蒲)についても、ぜひ触れて欲しいとのこと。また、福井の塔にも献花をすると聞いて、平和学習への取り組みがしっかりしている学校だな~と思いました。戦後の生活の様子など、今起きていることなど・・・・も要望あり・・・

事前においても、戦中戦後の沖縄戦をレポートで取り組ませたり、歴史や文化生活、自然生物、なども、多く取り組んいました。

南城市での民泊をはじめ、タクシー研修など、また、ステーキパフォーマンスなどの食事も楽しみのようです。

終了後、廊下に出たら、先ほどの広報の生徒から、質問が、

「今日の、美方高校の生徒の印象はどうでしたか?」

「明るくて、元気で、高校生らしいです。また、お会いしたいです・・・・・・」

今井校長先生と担当の先生が玄関の外までお見送りいたいて恐縮でした。

玄関の外でも、ボート部の女子3人に、大きな声であいさつされ、日本旅行社福井教育旅行支店の藤野さんの車で、ダイナミックな大空に夕焼け迫り、熟した柿が垂れるほどの風景を眺めながら岐路に・・・

 

 

 

11月9日、新潟県立新発田農業高等学校へ。(長いけど読んでね) 行く前から、関心のある学校であった

今までも、学校へ出向く際には、ホームページで学校情報、地域情報を確認し出かけた。と同時に、担当の先生からの講和内容のテーマを確認し、話す内容を決める。

今回、新発田農業高校って、どこかで聞いたことあるなあ~と思っていたら、実は、甲子園の出場校だった。

又、調べてみたら、農業高校として、全国でもかなりの実績のある学校であることが分かった。

日本農業全国大会農業鑑定競技会で今年も8人が最優秀賞や優秀賞を受賞している。高校生にこのような競技会があること自体知らない人が多いのではないでょうか。

学校の設立は、明治に遡り、古い歴史を持つ伝統ある学校です。

大田校長先生のお言葉曰く「本校は、農業に関する研究者、指導者、経営者を育成する学校、地域社会に貢献する有為な人材を育成する学校」です」と。・・・・・

 さて、今回ほど、話す内容に、悩んだことはない。

何故かというと、見てください。

事前学習で沖縄について、私以上に知っているのではないかと思われるほどの内容で、学習しているのです。

担当の先生からは、戦後の沖縄について、1945年の敗戦で、戦争終了とは言えないということ・・戦後のいくつかの出来事を通して沖縄県民として高校生に一番訴えたいことを話して欲しいとの要望がありました。

 映像で、写真で、記事で、現在の沖縄の農業や生活なども、いろいろと学んでいる高校生でした。担当の先生方が、教育としての修学旅行をどのように位置づけているのか、生徒へ教えたいこと気づかせたいことが痛いほどわかる資料でした。

戦後の沖縄、米国当時時代の沖縄、

まさに、私が生きてきた時代です・・・・

琉球列島高等弁務官発行「琉球住民 牧志厚子は 日本国へ旅行するものであることを証明する」と書かれたパスポートで初めて本土の土を踏んだのが、今から60年前の中学2年生。

話したいこと山ほどありです。

しかし、沢山学んだとはいえ、高校生にとって、沖縄の現地での民泊も含め、空の色も、空気も、違うことを那覇空港に降り立った瞬間に感じるはず・・・・複雑な歴史を踏まえ、戦争で何を教えるか、沖縄の人が何を訴えているか、今も何が起っているのか・・・イチャリバチョウ―デーの心意気など、単に言葉だけでなく、何を意味しているのか、平和の礎に名前の分からない子の名前を残しているのは何故なのか、戦場に教え子を送り出した父、戦後も教育界で活躍した父が死ぬまで戦争について語らなかった心とは何なのか、戦争は、人が人でなくなる・・・・その真意は何なのか?

復帰後6年経って沖縄ソバと認めれるようになった沖縄の心意気は何か・・・・・・・

・・・・戦後の沖縄の置かれたことを高校生に話すのは難しい・・

しかし、戦争を体験した人たちの想い、なぜ基地に反対するのか…何故、ジュゴンが消え、サンゴが白化現象を起こし、日本一のモズクの生産地が脅かされているのか…具体的なことを通して話したい・・・・と、思った。が、話しきれなかった・・・・

まじめに、寒い体育館で、身じろぎもせず聞いてくれた生徒達でしたのに・・・・・・・

担当の先生の想いが私には痛いほど分かっていたのに、何故か、心残りする時間であった。

最後に、生徒から質問が2つ。その一つが、

(あなたは、沖縄の人で良かったですか?)

(はい、沖縄に生まれ、沖縄に育って、沖縄の人で良かったです。故里沖縄を誇りに生きてきました。私の原動力は沖縄にあります・・・・・・・・」と。

先生からは、

(生徒の中には民泊することに不安がっている生徒もいます。私の体験では、かつての生徒たちは、民泊の後での分れの際には、涙ぐんでな泣いて別れるほどでした。・・・何かアドバイスを・・・・)

「アララ~、何にも心配いりません。きっと、みなさんに新しい家族ができます。沖縄の人は、本当に明るく、誰とでも、イチャリバチョーデの心意気で接してくれますよ。皆さんが来るのを楽しみに待っていますよ。きっと、今帰仁の民宿では、第二の家族、第二の故里ができます・・・・・・・・・」

生徒代表のあいさつも立派でした。

「・・・・・沖縄戦の実写の場面などを見せてもらったり、お話を聞いて、自分たちと同じ年代の生徒たちが戦争に巻き込まれ尊い命を落としたことを沖縄の地でかみしめ、これからの未来をを担っていきたいと思います・・・・・・」と。

又、生徒たちが育てた新潟産コシヒカリの新米と、手づくりリンゴジャムとブルーベリージャムをいただきました。

さっそく炊いてみました。つやつやと噛むほどにあまく、香り高いご飯でした。イッペーマーサイビタン! イッペー二へーデービタ!

学校を去るのが惜しい。終了後はもう真っ暗した。丁寧にご対応いただきました大田校長先生、ご担当の斎藤先生はじめ、関わってくださった先生方に感謝でいっぱいです。

心遣いとは、なんなのか、今日のたった70分の私の講和に、関わる人が一致して行動できるのかを学ばせてもいただきました。

「教育は人なり」でした。

 

 11月7日、秋晴れの東京駅を出発し、東海道新幹線で、

名古屋にある中部国際空港へ。同時通訳の設備もある、立派な国際会議場があります。

今日は、その国際会議場、セントレア―ホールにて、静岡県立浜松西高等学校、2年生、240名と引率の先生14名へ、出発前の時間を利用しての事前学習でした。

浜松から、バスで約2時間半も揺られて空港へ到着する生徒達。

出発までも約3時間。しかも、飛行機はJALとANAに別れて半数ずつ搭乗するのです。

1時間前に到着した私は、会場の方と機器への取り付けをし、生徒を待っていました。

さぞかし、疲れた足取りかな?と、思っていましたら、

何と、今、到着したばかりなのに、生徒たちは、静かに、声も出さずに、整然と決められた席へ着席し、メモノートを出したのです。

どの生徒もまっすぐな姿勢で、約60分、集中して私の方へ注目でした。

講和の希望内容は、

(平和学習がメインであった)のですが、出発前のこともあり、

話す内容に悩み、前日に、要望の部分を取り入れながらもパワーポイントの資料を作成。

質問にも、まっすぐに手を上げて答える生徒達でした。

時間がなく、会場の大きな時計を気にしつつ・・・・・話足りない・・・・

学びたい,知りたい、楽しみたい・・・・さまざまな気持ちがあるのでしょうが・・・・ここは、学びの場と心得ているようでした。

この生徒達、実は、15時間もかけて事前研修を実施しているのです。戦時中の沖縄、那覇の様子、ガマ(防空壕の生活)、同世代の駆り出された理由、二度と戦争を起こさせないために沖縄の人がしていることで、講演以外に実際に何をしているのか・・他・・・・

沢山の要望がありましたが、・・・・・・・

平和への心、沖縄で気づいて欲しいこと・・・・などをお話しました。

生徒代表のあいさつ。これまた、立派でした。

「僕たちは、これまで、多くの時間をかけて沖縄についいて学んできました。今日、出発前に、沖縄戦の様子や、沖縄の心など学び、改めて、現地に行って、自分たちの目で確かめ、体で知り、

沖縄の人や自然と触れ合い、・・・・いろいろと学んできたいと思います。そして、平和に向けて、日本のこと、世界のことを考えられる人になろうと思います。・・・・・・・・」

今頃、沖縄をいろいろ体験していることでしょう。

又、偶然にも、那覇での私の定宿のサンパレス球陽館にも宿泊する・・・・・・不思議なご縁を感じながら・・・

若者の未来に、幸あれ。平和であれ!と、願いつつ、

おりしも、空港内では岐阜のイベントが開催されており、バラの花にも癒されて・・空港を後した。

 

 

11月6日は、月一回の自宅(沖縄ガチマヤー料理教室)でした。

私の用意したランチを食べてから始めます。

今回は、

ぬちまーす(世界一の塩とギネスで登録されている沖縄の塩)味の、

①沖縄そばと、

②沖縄薬草のあえもの 

      ・フーチバー(沖縄ヨモギ)

、・ハンダマ(水前寺菜)、・雲南百薬(おかわかめ)

      ・島ニンジン(沖縄のニンジン)、・生姜、ミミガー(豚の耳の皮)をごまとゴマダレで和えたもの

3、てんぷら・・ニンジンの豚肉巻と竹輪のニンジン巻、ミミガーの天ぷら

4、デザート(ショーガ入りあづきのあま汁)

 

料理メニューは、

ご近所の農家さんの見事なサツマイモと、紅ものコラボです。

若い人のアイデアで、美味しいスイーツが何種類もできました。

又、ミミガーのお浸しや甘辛煮など・・・・

 

埼玉で料理教室を開いている佳奈ちゃんが、

遅れて参加でしたが、

自分が教えている料理教室で作ったという渋川の甘露煮を

おみやげにいただいたり…。

作ったものは、一部試食し、全て持ち帰りです。

 

農家から頂いた菊の香り漂う中で今月も賑やかに資料↓料理教室でした。

来月は11日の予定です。

日本は、本当に、山々が多く、しかも、木々の茂る山々に囲まれている。その、緑の山々から大きな川が流れ、豊かな大地を支えているなあ~と感じる日々です。

沖縄県修学旅行アドバイザーをして、日々、請われるままに、

全国を飛び回っている、空飛ぶあっちゃんさんです。

 

マア、沖縄おばあちゃんでもあります。

ですからねえ、ユンタクなんですよ~。

しかもね、誰にでも、声をかけるのよ~・・・

さりげなくね。写真は新幹線浦佐駅構内のベンチ。素敵です。

それは、天才?????的かしら????ニコニコニヤリ爆  笑てへぺろチュー

いえいえ、いつも、なぜか、素敵な人がお隣にいるのですよ。新潟駅から、巻駅を向かう電車です。

席はみんなひとり掛け、どこに座ろうかな?

ローカル線では、できるだけ進行方向の前に座る。

一人で、スマホをいじっている若い学生風な女性。

ご一緒してもいいかしら?と、言うと、どうぞ!にこやかな声。

いろいろ…話し始めて、学生さん?と遠慮がちに聴いたら、

専門学校生で、これから、実家の巻に戻るとのこと・・・

巻と聞いて、高校はどこだったの?

(巻総合高校です)と。まあ、まあ、びっくり。これから、その学校へ行くのよ・・・・と、修学旅行の話になり、2年前も、糸満市に民泊した。本当にあったかくて、いい人たちでした、また、行きたい。一緒に作ったサーターアンダギーが美味しかった。

お土産にいただいた。

沖縄大好き。住みたいです・・・・とも。

と、まあ~、こんな出会いも。

孫のような女の子とすっかりなかよくなって・・・

お陰で、巻総合高校での導入がスムースに・・・

写真は、巻駅の構内

 

まだまだ続きがありますよ・・・・

 

巻総合高校を終わって、新潟から東京へ向かう新幹線では、

凛々しい男子高校生とお隣に。

・・・・・・夕方ですし、制服姿なので・

どこか、おでかけなの?

これから、家に戻るのです。・・・・・えっ?

 この生徒は、新潟のある高校へ新幹線通学でした。

ご両親に感謝してね・・・というと、にっこり。

今、高校3年生、春から、東京の大学へ進むとか・・・・

修学旅行の話から、将来像まで話が進む、進む。

はにかみながらも、しっかりと、目を見て話す。

将来は、国際社会を見据えて、経済界に貢献できる人になりたいそうです。この生徒なら、きっと、自分の夢に向かって、進んでいけるなあ~と、心から思いました。話は尽きませんでしたが、

長岡の駅で手を振ってお別れした、彼の姿がいつまでも残っています。

いい人に出会った新潟、

いい生徒に出会った・・・・・・・なあ~・・・

 

6日は、自宅料理料理教室、

7日は、名古屋国際空港での沖縄紹介

9日は、新潟県立新発田農林高校へ

10日は、福井県立三方高校へ・・・

18日は、神奈川県海老名でのある団体の講演

等々です。

さあ、これから、昨日銀座の沖縄ショップで仕入れた

明日の料理教室の足りない分を買い出しに行かなくちゃ。

元気な空飛ぶあっちゃんブログ、まとめ書き多いこの頃ですが、

最後までお読みくださった方に感謝!ニヤリ爆  笑てへぺろショボーンニコニコおねがい

誤字も多く、時には、かつての教え子がっさりげなく教えくれます。

ぼけるにはまだ早いよね・・・・と、言ってくれてます。

 

 

 

 

11月2日、新潟県立巻総合高校へお邪魔した。

新潟駅から、はるか遠くに山々を眺めながら、見渡す限り広々とした刈入れの終わった田んぼが広がる。巻駅にて下車。

学校の歴史の前身は昭和5年。時代に即して地域への貢献度の高い農業系高校となり、耳朶に即した高校として、校名を変えながら、平成15年に、

新潟県内唯一の総合学科を設立し、現在の新潟県立巻総合高等学校となったそうです。

地域産業界の担い手を育てると共に、大学進学など多様な進路希望が実現できる学校となっています。

昨年に引き続き、今回も、沖縄県糸満市や南城市で2泊。しかも、民泊です。民泊とは、沖縄の家庭に生徒が何人かで宿泊し、その家庭で様々な体験をするのです。沖縄各地で実施されており、人気の修学旅行の一つとなっています。

この学校では、総合学科のため、沖縄での県外体験を楽しみにしている生徒が多いとのことでテンションも上がりました。

 

糸満の特徴や現在の様子や見学するおすすめポイント、民泊で気をつけたいことや、習慣、礼儀なども教えて欲しい・・・など、

など、要望があり・・・・・平和学習なども含めて110分です。

 

実は、糸満市教育委員会に、私の本「緑のカーテンの恵みを食べよう」をある方が寄贈したり、サイン会や、海と魚の全国大会の会場となった時の繋がり等々があり・・・)

私も楽しく、話を進めることができました。

勿論、沖縄戦の悲しい運命の地でもあります・・・・

最後に、私流に恥ずかしいけれど、

(ティンサグヌ花を)を披露・・・・。

明るい元気な学年主任の林先生から、

生徒が育てたという(世界でここしか手に入らないお米)をいただき感激し、新潟交通教育販売課の若い元気な栗原さんの車でネオン灯る新潟駅へ。

新潟とは違う、沖縄の家庭を楽しみながら、日常が平和であることの大切さに気付き、新潟の良さを改めて感じる修学旅行となりますように。

 

 

 

 

11月1日、新潟県立堀之内高等学校へお邪魔した。

北陸新幹線浦佐駅から車で15分位。山々に囲まれ、広い田園風景が果てしなく広がる…そう、ここは、美味しいお米の産地、魚沼市にある学校なのです。

平成29年度より、午後の部が午前に統合された、定時制単位制高等学校です。

ホームページの野本茂男校長先生の学校便りのごあいさつの中に、

・・・・・・・略・・・・・・・本校校歌は三番まであります。作詞は宮柊二(みやしゅうじ)さんで堀之内出身の方です。 

          一番の出だし 「こころざし高くたもたむ」
          二番の出だし 「展望は広く描かむ」
          三番の出だし 「学習を深くすすめむ」 です。
 なるほどと思います。この出だしをつなぐと「こころざしは高く、展望は広く、学習は深く」となり本校生徒の歩む骨格となります。そして卒業して何年か経ち、校歌の所々忘れてしまっても、各番の出だしだけでも覚えていれば、本校の精神をりっぱに継承していくことができるのです。さすが歌人です。感銘(かんめい)します 高校生活に何を期待しますか。本校は学習も部活も、進路も輝かすことのできる学校です・・・・・・・略。と、

力強いメッセージが込められております。

 

 そう、堀之内高等学校は、多くの生徒が部活動にも頑張っている学校です。

 沖縄へ修学旅行に行く生徒たちの中には、大会の400mHで

入賞したり、全国大会で卓球部が個人や団体で好成績を納めており、また、バスケ部やテニス部、剣道部などなど・・・が、頑張っています。

沖縄の歴史や文化などにも関心の高い生徒が多いということで、歴史や文化など、沖縄のお墓のことなど、また、新潟と沖縄の関係なども紹介。

特に、燕三条のシリシリ器については、私との関わりを紹介し、小柳産業のりしり器とニンジンを持参して実演したり・・・

 

静かに、しっかりと聞いてくれた生徒達でした。

 

生徒たちに同行する新潟交通の元気な女性の方が、

廊下の窓から見える越後三山八海山・中野岳、越後駒ヶ岳)の初冠雪の景色をみせていただきました。(ごめんなさい。写真がうまくとれませんが、貴賓高く、厳かな雄姿でした)

のどかな中にもこの広い美しい自然環境、沖縄にはないこの肥沃な環境に育つ生徒達です。

故里を離れたときに気づき、そして、いつか、感謝することでしょう。

さあ、新潟とは、違う、南の島、沖縄の海・山があなた方を待っていますよ~!!

元気な笑顔で送迎いただき、車窓から見える景色のポイントなども説明いただいた

共立観光・教育旅行支店桑原さんと。

 

 「10月第三土曜日は、琉球大学同窓会関東支部の日」

と決めて、毎年、東京神保町の教育会館で、総会&懇親会&二次会も同会館で開催しています。

幸喜徳子本部同窓会長、大城肇琉球大学長はじめ、

仲松健雄東京沖縄県人会長、新垣進関東沖縄経営者協会副会長・・・等々、沢山のご来賓のご臨席をいただき盛会に終了しました。

毎年、この会では、活躍していらっしゃる同窓生のご講演をお願いしています。

 今回は、沖縄県東京事務所帳の比嘉徳和氏

    (琉球大学法文学部経済学科経営学専攻卒業)

・1984年~1989年自治省(現総務省)勤務、後、

・沖縄県企画部市町村課長、・企画調整統括監、・総務部総務統括監、・県議会事務局長などの要職を経て、現在、東京事務所長です。写真左比嘉氏、右幸喜徳子本部同窓会長

米軍上陸施政権下の沖縄、ドルへの変換、沖縄振興開発計画策定等々に歴史的変遷の沖縄がおかれていた立場など、世界や日本の動きとかみ合わせながら、資料を下にお話しいただきました。

 2012年に(沖縄21世紀ビジョン基本計画策定」の過程を知り、驚いた。どこの県でももちろん、目指すビジョンは策定している。多くの県民にアンケートを取ったり、高校生の作文コンクール等を通じても描く将来像、こうありたい未来像を模索したそうです。

その結果、誰でも、経済優先だろうと・・・・・

しかし、沖縄県民は、

第一に自然や歴史、伝統、文化の大切さが出たそうです。戦争ですべてを失なった沖縄が歴史や伝統文化は、心の誇り、生きる底力、迷わずに未来へ突き進む力を求めている…そう思います。

交流と共生、平和と豊かさ、自立等も続いています。

知っているようで知らない沖縄の戦後の様子がくっきりと分かるようでした。本や新聞でのニュースではなく、県民の一人として聞き入りました。

まだまだ、貴重なお話をいただきました。こうしたビジョンづくりや沖縄の多くの課題解決に長年、関わってきた氏の話は、多くの人に聞かせたいものだと思いました。

故里離れた沖縄の人にこそ聞かせたい、知って欲しいなあ~とも思いました。

マスコミで騒がれている沖縄が、何を求めているのか、真の目指すものが見えてきます。

私自身、あらためて、故里、沖縄を知ることができました。

比嘉様、ありがとうございました。

 

又、懇親会では、プロの元アナウンサーの長谷川敏子さんの名司会のユーモアあふれる進行。琉球舞踊やサンシンなどで会場を湧き立たせたのは、世界中に沖縄文化を広めているクイチャパラダイスの仲本光正師匠と愛弟子たち。

機械工学科が2年に一度、機械工学科同窓会をドッキングしてくだ

さったり、大学の同好会が声を掛け合って遠く、山形、長崎、日立等々、遠方からも参加。なんと台湾出身で、琉大からアメリカにわたり、今、東京に住んでいる方が、大学での学部も違うが高校の同級生だったことがわかり(年月で顔がお互いに皮ている)

何と、50年ぶりに感激の対面をしたり、

中国出身で琉大で学び、東京で起業している後輩を連れてきたり。

学長の論文などで学び、卒壕論文を書き、無事就職へこぎつけたので東京の小学校の教員をしている母が娘と共に学長にお礼の挨拶に来たり、

若いロースクールの同期生が声かけあって参加・・・、ほか、多くの同窓生が日本の国を担う仕事にに携わっていることが、二次会で語られ、改めて、同窓生を誇りに思った日でした。[二次会も同一の会館で実施するため、多くが残り、更なる交流の場となっています。また、将来は、沖縄へ移住しようと、石垣に土地を購入したとの報告があったあり・・・・・・

 このように、年一回盛会に開催できるのは、

多くの幹事の皆様のボランテイアによる支えがあるからです。

事務局は、銀座4丁目の中島法律事務所内です。弁護士で活躍している中島信一郎氏が無料提供、スタッフの方々にもお手代頂くなどしています。

又、16ページのカラー入り会報誌《芭蕉誌≫を年一回全会員500名余に送付。その会報誌を一手に引き受けているのが、金城利光氏。仕事も多忙の中、仕事が終わった10時ごろから会報誌の編集などで頑張ってくれているんです。

中身も充実していますし、多くの会員の活躍を掲載しています。

会員の名刺広告代金だけでは発行が難しいので、沖縄企業の広告も頂戴しながら、継続しているのです。

  まだまだ、書き足りませんが、ご参加いただきました皆様に心よりお礼申し上げます。来年度も、

10月の第三土曜日は琉球大学同窓会関東支部の日」です。

多くの方々のご参加をお待ちしています。

 

下書きのまま残っているいることに気づき、今日になってしまいました。お許しくださいね。

最後まで読んでいただいた皆様に感謝!

 

 

10月28日土曜日、愛知県立名張青峰高等学校へ。

名古屋から大阪行き特急で約1時間25分。閑静な住宅地に学校がある。

あれ?同じ敷地に高校が2つ?と、思いましたら、

2つの県立高校[名張桔梗丘校と名張西校≫が統合され、今の3年生は、まだ、名張西高校生、修学旅行へ行く2年生から名張青峰高校だそうです。

学校が育む3つの力の下、幅広い進路指導に対応し、英語でのでべートで国際性を培い、人と繋がる輪を目標にしている学校です。

又、全生徒にタブレット持たせ、電子黒板なども導入してる県内初の学校だそうです。

この日は、修学旅行結団式での沖縄紹介と平和講和でした。

整然と座した生徒たち。

引率団長の加藤校長先生の話に、

(・・・・略・・・私たちの周りは、本当に便利です。水道の蛇口をひねると、いつでも、どこでも、水が出る。当たり前のように感じている。また、平和の中に暮らしている。日常生活が当たり前のようにできる・・・・・このことがどんなに幸せか。・・・・・

今まで、君たちは、修学旅行へ向けて、沖縄戦から、平和って何か学んできた。沖縄へ行って、更に、平和って何か、この修学旅行でしっかり学び、考えてきて欲しい。

また、沖縄には「イチャリバチョーデー」という素敵な心がある。出会う人はみんな仲良くなる、そんな心をこの修学旅行を通して友達や先生や沖縄の人とも心通い合わせ楽しい思い出を作りましょう・・・でも、集団であることも忘れずに規則も守っていきましょう・・・・・・・・・略」

生徒達は、修学旅行の目的をしっかり心に刻んでいたことでしょう。

(教え子を少年兵として送り出した私の父。戦争のことを一口も語らなかった父が残したたった一つの句、

話さなかったのではなく、話せなかったのだと・・・・・・・・

沖縄の人だけが話せなかったの?日本兵は? アメリカ兵は?

事実を話しながら・・・・・・話を進める。

「沖縄の人が後世に伝えたいのは、2度と戦争を起こしてはならない、戦争は人が人でなくなる」・・・ということです・・・・。

どういうことか????皆さんが沖縄から学び、考えて・・

と、答えを生徒に向ける・・・

 この学校では、教育計画に平和学習が明確に位置づけられている。

「特に、2年生においては、沖縄の修学旅行を実施することから、事前学習で(ヌチドウタカラ・命こそ宝」の語に込められた沖縄の人々の思いや戦争体験について調べ学習を行った上で講演会を開催する。私の前にも沖縄に関係のある人の講演も実施。

それらをベースに現地でいろいろと学び、確認したりして、事後に感想をまとめ、共有する。」のです。

玄関にもこんな表示が・・・・・生徒が応募するということは、人権問題を学習しているからでしょう。心打たれました。

生徒達から沢山の宝物をもらって、台風の影響で雨降る中を

担当の小坂先生がおくってくださいました。もう色づいた紅葉の木々が見送ってくれました。

沢山の思い出と学びを・・・・沖縄がメンソーレー!!と、待っていますよ。