2025/08/24
人工知能チャットGPTに恋心を持つという人の記事があった。
中にはAIと結婚をしたという方も…。
いずれこんな時代が来るだろうと思っていたのですが、それがとても速く来てしまったんだなぁと感じます。
AIの記事のコメントは否定的なものが多く、そもそも基本性能が現実にいればハイクラスな風貌、それでいてどんなことにも寛容で、絶対に否定をしない性格を併せ持つ「都合のいい存在」である…嫌なことから目を背けているという辛辣な意見が大半でした。
自分がまっとうな趣味でもない分際なので言えた義理はないのですが、若い人ならばこれから先の発見も感動も、愛だって十分に見つけることができる『時間』があるので、ここで決めたと立ち止まる判断は待った方がいいんじゃないかなと感じました。
身も蓋もない言い方をすれば、自分だけがよければいい自己完結の報われぬ愛…。
僕も健全(今までが普通)と思い込んでいる大多数の一人としてまず感じる答えがそれです。
しかし半面、理解できる気持ちもあって…。
愛の普遍性や美しさをそこには感じます。
よろしくがつかないメカドック(この表現、わかる人のみで申し訳ない)のaiboも製造中止となり、飼い主さんの愛を続けられるように奮闘する修理技術工房が存在する記事を見た時、目頭が熱くなる気持ちを覚えていて、いきものとか無機質とか関係ない。愛は純粋で、とても尊い…と強く感じたものです。
ヒトの心の支えになっているのだから否定できるものではないとも考えます。
大阪万博のアンドロイドばーちゃんをTV中継で見ました。
ばーちゃんと孫娘2人のケースですが、ばーちゃんは余命いくばくの中、天寿を全うすることを望みますが、孫娘はばーちゃんと一緒にこれからも過ごしたいのでアンドロイドばーちゃんを希望します。
自分の最後の願いを選ぶと孫娘が一人になってしまう…。
自分の希望と愛する人への気持ちに寄り添う思いやりの間で、葛藤するばーちゃんでした。
ニンゲンって弱い生き物です。幸せである方はどちらなのか?
どちらが正解かなんて人の見方で異なりますからね。
でも線引きは必要かなと。
昔ばなしだってそうです。
いつまでも都合のいい竜宮城に居る浦島太郎ではなかったじゃないですか。大事なおっ母さんが心配で、3日で帰ったでしょう。たったの3日だったのに世界は300年後だったという残酷な最後でした。
AIを愛する事は悪い事ではないと思いますが、気づいた時にはもう手遅れだったなどという浦島太郎の最後のようにならないように…あってほしいですね。同じヒトとしての感想です。
24時間テレビのテーマ「愛」にちなんだ投稿でした。