カタマリノブンレツ
「厨房へようこそ!」
「あなたですか?最近活躍中の方は」
「私です!とは自分ではなかなか…」
「では、そこの鶏むね肉を…」
「むね肉を?」
「生姜で炒めてみなさい!」
「なんてこと!?得意料理!!」
「え、そんなに!?そんなに得意!?」
「はい!とは自分ではなかなか…」
「そこは言っていいんじゃない?」
「はあ、しかし上に止められてるんで…」
「上って?あなたコック長でしょ?」
「上はですね、最近活躍中の方ですよ!!」
「あなたじゃないやん!!」
しばらくぶりに
「変化って何さ?」
「ビルの歪み?」
「気圧のウツロイ?」
「酸素の供給?」
「カタカナって何さ?」
「響きの象徴?」
「リズムの反映?」
「鋭い切先?」
「バリウムって何さ?」
「白い粉?」
「粉末?」
「液体?」
「眼帯?」
「…言葉の無法地帯!!」
29
ガラスが回り続けるから、流線形は恐々と羽根を広げているよ。
ラクトバチルス、或いは…アセトアミノフェン?
何で今ここにいるんだろう?って、思えることが幸せ?思えるうちが華?
はっきりと理由を語ることが出来ても、
出来なくても、
3年後が分からなくても、
5年前が未だに鮮明でも、
(あ、ピルスナービールって先端が鋭利なような…)
ガラスは回り続けるよ、流線形は羽根を傷つけないよう気をつけなくちゃ。
毎日のように、どこかの誰かが作ってくれた音符を耳から吸収。
そんな日常、流れ込んだ音符はどこに?
出すの?どこに?どんな形で?嘔吐?
吐き出すことが、解決策で、吐瀉物が誰かに降りかかって、
…ガラスは回り続けるよ、傷を作らないように、
どこにいても、いつでも、鳴らせるベルが必要だと。
パン焼き釜も必要だな。
巡るのは4人
「何だそれ?ビルだってもう少し愛想良くしてるよ!」ドウンゾはそう言った。期待通りに事が運んだサミュエル・ジャクソン・フレデリカではあったが、実際には驚いていた。え、もしかして読まれた?サミュエル・ジャクソン・フレデリカは今やドウンゾと同じ疑心暗鬼に陥っていた。これでカサビアンネも読まれたら…あれ、その場合サモフィラキシンの存在意義はどうなるの?唯一読まれもせず、読みもしなかった存在?ビル風邪をひかない存在?
その時サモフィラキシンは風邪をひいていたが、ひきかけだったので病院には行ってなかった。そもそもひきかけってどんな時なん?のどが痛くなったらもう末期でしょ?じゃあ悪寒がした時?ジャムを飲み込めなくなった時?たまねぎのみじん切りが何でもない時?
「だいぶ遅くなってるわよ、もうこの人のことは放っておいて、ビルの地下トイレを探しに行きましょ。店長だってもう着いているかも知れないし」
カサビアンネがそう言うと、サミュエル・ジャクソン・フレデリカは待ってましたとばかりに、
「そうだよそれだよ!オレはあんたらと一緒にビルの地下トイレ巡りをするためにここにいるんだよ!何ですぐにその話をしなかったの?つうか、今までの話は何だったの?」
サミュエル・ジャクソン・フレデリカとだけは巡りたくないな。3人は彼が勢いのままに喚くのを聞きながら、そう思っていた。
さまざまな持ち物
「オレはサミュエル・ジャクソン・フレデリカっていうんだ。サミュエルって呼んでくれると…」
「あ、それはいいんです。さっき聞いたから」サモフィラキシンがそっと言うと、サミュエル・ジャクソン・フレデリカは不思議そうな顔をし、
「じゃあいったい、何が聞きたいんだ?君はオレに、あんた何なんだって聞いただろ?だからオレは、サミュエル・ジャクソン・フレデリカだって…」
「そんなことはもう分かったんだよ!」ドウンゾは面倒そうに叫んだ。ドウンゾという名しか持たない彼にとって、サミュエル・ジャクソン・フレデリカと何度も繰り返されることは耐えられないことだった。フレデリカくらい分けてくれないかな、ジャクソンでもいいけど。
「そんなことって、名前が分かっている。それで充分じゃないか」サミュエル・ジャクソン・フレデリカの言葉はドウンゾをさらにイライラさせた。
「名前以外にもいろいろあるだろ!どうしてここにいる?何のためにここにいる?どこからここに来た?いつからここにいた?どうやってここに来た?」
ドウンゾは勢いに任せていろいろ聞いてみたが、サミュエル・ジャクソン・フレデリカは短く「さあね」と言うだけだった。ビルだってもう少し愛想良くしてるよと言われるのを、半ば期待しているかのような言い方だった。
特効薬
「気管支炎には気管支炎の、ヒステリーにはヒステリーの特効薬があるのさ」サミュエル・ジャクソン・フレデリカはありもしないことを吐き捨てるのが得意。今朝拾ったごみを、夕方には投げ捨てる。ビルが垂直に建ち続けている間はね、彼はそう言う。落下する洗脳、あるいは覚醒?どちらにしろビーフシチューには木のスプーンがベスト、そしてマスト。
「教えてくれ、つまりあんたは、いや、カサビアンネもだけど…つまり、その…」ドウンゾは言葉に詰まった。まるで口内炎の温床だ。彼はそんな絨毯を撫でてみたくはなかった。毛布でも不可。ふかふかでも不可。
「君の考えを読んだわけではないよ、カサ何とかのことは分からないけどね、少なくともオレは読んではいない」サミュエル・ジャクソン・フレデリカはそう言ってから、しまった、ドウンゾははっきりと読んだんだろうと訊ねたわけではないのに、気を利かせて答えてやったらまた考えを読んだと思われるのではないだろうかと後悔した。とはいえ、家に帰るまでが遠足の道理が彼の浮つきを抑えるのに一役買ったかどうかは、神でさえも知らないんじゃないの?神様ってそんなにヒマじゃないし、と言われても仕方のないことだった。
「ところで、あんた何なんだ?何かウチらに用があったの?」サモフィラキシンの意外な冷静さが4人を現実に引き戻した。
サミュエル・ジャクソン・フレデリカ
「オレはサミュエル・ジャクソン・フレデリカっていうんだ。サミュエルって呼んでくれるといい。ジャクソンでもいいし、フレデリカでもいいさ。でもフレディって呼ぶのだけはダメ!!」
男は聞いてもいないことをべらべらと喋り出した。ドウンゾたちは何も言えずに黙っていた。反応がないことに気分を害したのか、男はドウンゾに向かってとがった鉛筆を差し出した。サモフィラキシンは瞬時に目を背け、カサビアンネは眼力で先端を丸く加工しようと試みた。しかし鉛筆は空間に灰色の円を描き始め、カサビアンネの眼力は円に吸い込まれていった。
「空気銃の良いところって何だと思う?」男は鉛筆を懐にしまうと、軽くステップを踏みながらそう言った。男のステップに合わせて灰色の円も揺れ動き、ドウンゾたちのグルリを囲み始めた。吸われる!ドウンゾはそう感じた。カサビアンネの眼力を吸い込んだように、今度はオレたちが吸われる。でも、吸われてどうなるんだろう?もしかしたら座れるのかな?満員電車なのに?
「座れないさ。むしろ嘔吐するよ」男はドウンゾの考えを可笑しそうに否定した。あれ、もしかしてダダモレ?カサビアンネの時と一緒?ドウンゾは今の男の発言に寒気を感じた。カサビアンネのほうを振り返ってみたが、彼女は読んでないようだった。男の発言の意味が分からず、寝起きに冷やし飴をのどに流し込まれた時のような顔をしている。
「そんな顔してないわよ!」今度はカサビアンネがドウンゾの考えを読んだようだった。そして男は怪訝そうな表情。サモフィラキシンは灰色の円を手懐けて楽しんでいる。
どういうこと?ドウンゾは一人、理解不能だった。
国歌
とても良い天気だった。放射冷却で非情な寒さではあったが、生命の危険を感じるほどではなかった。寒いなら動けばいいんだ、ドウンゾは思った。動きたくないならそれは死で、でも動きすぎて死ぬのかも?汗が冷えればそれはそれで、寒さをより強く感じるのかも。まあ、寒いって言えるうちが華?
「これからどうするの?ほんとに地下トイレを探すの?」カサビアンネが心配そうに訊ね、サモフィラキシンは楽しそうに国歌を斉唱していた。鋭くとがった鉛筆が目の前にぶら下げてある時、人はどれだけその先端を見つめ続けていられるだろう。そんなことを途中から考え始めたため、サモフィラキシンの歌う国歌はおかしなものに変わっていった。
「ビタミン剤があるのなら、早く飲んで」
「注射器の先端からでもいいし」
「皮膚に塗ってもいい」
「マチ針で縫ってもいいし」
「ああ我らの、我らのゾドウィエンヌ・パスウィエンフォルヌオングヌス…」
「ちょっと、国名長くない?」
不意に現れた男は、短くそう言った。
計画
ドウンゾを除いた3人は不思議そうな顔でドウンゾを見た。開店時間が刻一刻と近づく中、ドウンゾは押し黙ったままで、時間だけが過ぎていった。
「もう店を開けないと!」開店1分前になってたまりかねたリーダーがそう叫んだ。するとドウンゾはにやりと笑い、リーダーに言った。
「リーダー、あんたは単独でビルの地下トイレを探すんだ。オレ達と連絡を取ってはいけないし、もちろん地下トイレ以外の場所で出会ってもお互いの存在を黙殺しなきゃいけない。どうだ、やってみないか?」
「黙殺…」リーダーはその言葉を噛み締めるようにつぶやいた。つまり4人は、ビルの地下トイレでだけお互いの存在を認め、確認することが出来る。広い世界で、ビルの地下トイレでだけ。何でこんなことになったのだろうとリーダーは思わないでもなかったが、思わないでもいいし、思ってもいいし。出来ることならやってみようかな、そんな気分のリーダーだった。
「とにかく店を開けるよ!話はそれからだ!」
リーダーはそう言うと入り口に向かって駆けて行った。同時にドウンゾたちは従業員入り口から店を出て行った。
ビル・地下トイレ
「そんな時、どうしてほんとに駆け込まないの?」カサビアンネはまたドウンゾの頭を読んだのか、声に出してそう言った。リーダーも駆け込みたく思っていたのではっとした表情を浮かべ、ドウンゾの顔を注視している。
「そうだよ、駆け込んでいいんだ。誰が止めるわけでもない。誰に迷惑をかけるわけでもない。ビルの地下トイレに駆け込みたい気分の時は、駆け込めばいいんだ!!」
ドウンゾは力強く言い放った。4人の表情にちょっとした希望と、ワクワク感と、ピリッとした緊張感が表れた。
「ビルの地下トイレを探そう!」サモフィラキシンが提案し、カサビアンネが従業員を呼び集め、リーダーが計画を立てようとした。が、その時時間は開店10分前だった。
「あ、だめだ。私は行けない…」リーダーは力なくそう言った。サモフィラキシンは、この人ウチらと一緒に行動するつもりだったの?なんで?と思ったが、まあ別にいいのかもね、支障なんてたいがいは個人的な思い込みかもねと思わないでもなかった。
「リーダー、オレに考えがあるんだ」ドウンゾはそう言った。