
その親睦会の終わり頃、分家の長男(義母の弟)のT叔父さんが突然私に提案をしてきました。「ついでだから、うちのファミリーヒストリーを作ってくれないか」。この提案には、家族の歴史を紐解く魅力的な要素が含まれていました。
うちは本家ですが、曾祖母には、中世の著名な随筆家である吉田兼好の先祖にあたる占部家の血が脈々と流れているとのこと。さらに、曾祖父の先祖は、江戸時代に広島藩を治めた浅野家と深い関わりがあったという興味深い事実も明らかになっていました。これらの歴史的な繋がりに惹かれ、私はこの家族史の編纂を引き受けることにしました。
そこで早速、入手できた情報を基に家系図を作成し、完成したものをメールに添付して送信しました。しかし、その家系図を見た義母の弟Mさんから思わぬ反応がありました。「この家系図はおかしい」と指摘してきたのです。その理由として挙げられたのが、祖母の名前がカタカナ表記になっているという点でした。つまり、祖母の通称である漢字表記になっていないというのです。
実は、この件には複雑な背景がありました。なるほど祖母の実名はカタカナ表記でしたが、日常生活では通称として漢字を使用していたのです。例えば、「シン」や「ヤス」という実名が、通称では「真」や「安」という漢字で表されているような状況でした。
一般的に、家系図には実名を記すのが通例とされています。そのため、私は正式な記録という観点から、カタカナ表記を採用していました。しかし、Mさんにとっては、普段使用している通称の漢字表記こそが自然に感じられたのでしょう。そのため、カタカナ表記を見て違和感を覚え、「おかしい」と指摘してきたのだと考えられます。この出来事は、家族の歴史や名前の持つ意味の奥深さを改めて考えさせられる機会となりました。
あとでMさんは、「自分は母親に愛着があるんだ。だから、こだわってる」と電話で話してくれました。しかしMさんは、義母によって育てられた経緯がありました。
戦後の厳しい時代、原爆で夫を失った祖母が生計を立てるために働きに出ている間、義母は家庭を守る重責を担っていたのです。赤ん坊のMさんがそっくり返って泣き叫ぶのを背中に抱え、自身の友人たちと遊ぶ時間も惜しんで、家事に専念する日々を送っていました。当時の義母の献身的な姿勢が、家族の絆を支える大きな力となっていたことがうかがえます。
それを考えると、Mさんの言葉は、少し説得力がないような気がします。もちろん、母親を大切に思う気持ちはわかりますので、墓誌には祖母の名前を漢字で刻むことになりました。ただし、家系図には実名で記しています。