今回の越中一宮神社リトリートですごく思ったこと。
「あれ?一宮って一国に一つじゃなかったの?」ということ。
今の県のエリアと、昔の”国”のエリアが異なっていることもあるから一つの県にひとつという訳ではないだろうなとは思っていたので、距離がそれなりに離れているのかな?と思ったけど
越中国の一宮って結構近いんだよね。
しかも4つもある・・・。
何故に??と思って調べてみた。
奈良時代以前の太古から、越中国の政治の中心は高岡市の伏木というところだったそうです。
その時の一宮は射水神社。
そこから奈良時代になると
越中国と能登国が併合され、旧能登国の一宮であった
気多神社の御神霊が越中に勧請されてできた神社が
気多神社なのですが、10年で元々の越中と能登に分割されることになったそうです。
高瀬神社の創建は神代の時代で2000年以上が建っているともいわれており
大己貴命が北陸の国土開拓を終えて出雲に帰る時自らの御霊を留めたと言われる神社。
大己貴命が祭られているのに射水神社の方が勢いがあったということは、北陸開拓以前の勢力が射水神社にあったということなのかな?
その後江戸時代になり「立山講」が大流行しその総本山であった
雄山神社が一宮を名乗るようになったそうです。
ほほう。
由緒正しさを重視するのであれば
射水神社や高瀬神社
国司の参拝の利便性を考えるのであれば
気多神社という中に
圧倒的な人気と知名度に加えて経済力を持った
雄山神社・・・。
明治時代に一国一社を進めようとしたそうなのですが
四社それぞれの歴史的価値や地元の支持などが割れて一つに決めることができなかったのだそうです。
ほほほう~!
だから比較的近い地域に4社もあるということなのね~
氣になって他の地域ではどうかも調べてみました。
信濃国・諏訪大社もある意味この形に当てはまるのだそう。
え~、去年参拝に行った時は何も疑問に感じなかったけど
そういうこと~!?
上社は 建御名方神を祀っていた地元の豪族・諏訪氏が守ってきた。
下社は八坂刀売神を祀り、金刺氏という別の豪族が守ってきたという歴史があるそうです。
歴史的には上社の方が優勢だったようです。
へ~今回の参拝が無ければ全く知らなかったな。
備前国:吉備津神社・石上布都魂神社・安仁神社
岡山は確かに分からなくもない・・・。
桃太郎やヤマタノオロチなど神話や昔話がたくさん残ってる地域ですもんね。
武蔵国(埼玉県・東京都・神奈川県の一部)
氷川神社(さいたま市大宮区)
小野神社(東京都多摩市)
古くからある小野神社と、国府の近くにあり勢力を伸ばした氷川神社で並立しているそうです。
出雲国(島根県東部)
出雲大社(出雲市)
熊野大社(松江市)
そしてこちらも出雲大社が有名ですが、歴史的な格式(社格)としては熊野大社も古くから一宮として並立しているそう。
上総国(千葉県中部)
玉前神社(一宮町)
伊甚神社(いすみ市)
佐渡国:度津神社・夕鶴宮
伊勢国(三重県北中部)
椿大神社(鈴鹿市)
都波岐神社・奈加等神社(鈴鹿市)
淡路国(兵庫県淡路島)
伊弉諾神宮(淡路市)
大和大国魂神社(南あわじ市)
あら、伊勢と淡路に2つ・・・
これは知らなかった!
深掘りすると面白いけどあっという間に時間が経つなぁ💦
ネットで調べるよりも実際行くと分かることって多いんだよね。
今度行ってみよう♪








