ASKAの「本日も恋愛小説」 -6ページ目

ASKAの「本日も恋愛小説」

日常と非日常のはざまで生きる痛女(イタジョ)の
気づいたことや伝えたいこと。
「blogぢゃなくて友達に話せばいーじゃん」ええ、友達いないんです(泣

記憶にあるかぎり、自分がもっとも複雑、コンプリケートだったのは、小学年高学年だったような気がする。

思いを語らず、表情を変えず、わけのわからない心理的な計算やポジティブやネガティブな感情を心にうずまかせていた。酷くてここには書けないこともいろいろ考えていた。

背も小さくやせっぽちで、賢そうではあっても暗そうな目をしているわけではない小学生。そんな、どこにでもいる小学生が何を考えていたのか、すべて覚えているわけではないが断片だけを思い出してもぞっとする。

たまに小学生を見て、こいつらもあんなことを考えているのかと思うと寒気がする。

(たぶん違うだろう)

 

中学にあがって、少しずつ単純になり、17の頃には極めて単純になった。

社会にでてから少しややこしく戻ったが、また、だんだんシンプルになってきたと思う。

 

薄っぺらい正義を振りかざすこともある。歯の浮く理想を語ることもある。

なんせ、単純な生物ですから・・。

ときどき怒られるけれど、もちろん人間にさまざまな状況や感情があり、そのなかで必死に生きていることも知らないわけではないけれども。

でもそれでも。

 

ふと、夜中に目が覚めて、そのまま眠れなくなることがあります。

 

なにかが気になって眠れなくなる。

そして隣のiPadを起こして、一緒に遊ぶ。

 

下に降りて、リビングの家具を動かしたり、いろいろ図り始めたり・・。再び2階に戻ってiPadで家具を探す。

家に居る時間が増え、それはたぶんもっと増えると思う。

人生の半分を過ぎて、私は自分のやりかけたことを仕上げていかなければならない。

 

途中で投げ出したすべては、ソファの隣の棚に入っている。

時折思う。私はこのままこの部屋に幽閉されたとしても、残りの人生を生ききるくらい、やることはあるんだろうと。

 

そうして、家具を探す。間接照明を探す。アロマ用の精油を探す。

 

それからふと、いきなり、インドでヨガの資格でも取って来ようかと思う。

(体は超硬いんですけど)

別にインストラクターになりたいとは思っていないけど、体系的に学んでみたいと思っているだけ。

日本よりずっと安いし。

(でも、なんか、東洋文化に惹かれすぎている西洋人って、ちょっと引くんだよね)

 

 

胡桃材(ウォルナット)のテーブルとチェアを買おうと考えています。

胡桃の家具なんて、時代が時代なら、とても庶民には手に入らなかった高級なもの。

それを使うことのできる自分は、たぶん幸せですね。



 

いくつか、簡単なiPhoneアプリを作ってみました。お仕事です。

急なご紹介で頂いたお仕事で、本当にありがたいものだと思っています。

面白くなってきました。プログラミングは、なんか頭の奇妙な部分が疲れますけど。

 

今日は911です。

いまでも、大学のカフェでニュースを聞いた日をハッキリ思い出します。

ボストンでしたから、NYは近くて、犯人も本当に近くに住んでいたし・・。

生々しい記憶です。まだ、文章にはできませんね。

 

当時、私はよく大学のカフェでプログラミング・コードを書いていました。

ええ、手書きで。

一字一句ではないですが、フローを書き、一番面倒なところを書き、

出来た!とコンピュータの前に行って、ほぼノーミスで宿題を終えていました。

 

これは他のクラスメイトのやり方とは相当違いました。

まあ、ハマって徹夜することもありましたけれど。

ただ、ロジックを考えるのは、私は紙の上の方が早かったんです。

 

当時はみな、(たぶん今も伝統的に)プログラミングをJAVAでもC++でも、

完全にテキストベースで書いていました。

そして、JAVAならJAVACでコンパイルする。

コンピュータなんて、白黒でもかまわない。GUIってなあに?という生活です。

2年次以降のコンピュータ学科の学生は、特別なカードを貰って、

24時間大学のコンピュータ・ルームに入れるのですが(なんて素敵♪)、

その部屋にはwindowsmacもありません。ソラリスが並んでいました。

 

あの当時のプログラミングと、いまxcodeで私がやっているプログラミングは

とても同じものだとは思えない。

当時は本当にコーディングで、完全に理解をして一行一行書いていたのですが、

今は、まるで5歳児がiPadで遊んでいるようなものです。

・・・

 

直観的な、そして直観的な・・アプリ開発もここまで来たのだなあ、と思う。

911、311。

すべての人の心に平安な一瞬を。