「・・・・すまない。」
アリシアとイフィルガルドは、港から離れた山岳のある屋敷に連れてこられた。
アリシアを咄嗟にかばいながら、イフィルガルドは黒尽くめの男たちを次々に倒していったが、男たちの目的はアリシアが違和感を抱いていたバッグだった。
イフィルガルドはバッグを奪われまいと必死に応戦したものの、結局二人は男たちに捕らえられてしまったのだ。
とりあえず、イフィルガルドに巻き込まれたことを悟り、アリシアは小さくため息をこぼす。
やっぱり、今朝あのバッグの中身を捨てればよかった。いつもいつもアレに関わると悪いことしか起こらない。
「あの、イフィルガルドさん。」
イフィルガルドはアリシアを巻き込んだ不甲斐なさと申し訳なさで苛立っていた。縛られた両手両足を必死に解こうと試みている。
「本当にすまない。こんなことに巻き込んで。恐ろしい思いをさせて・・・。」
彼の瞳は後悔と焦りで陰り、アリシアを見ようとしない。
そんなことよりも、アリシアはあのバッグの中身が、今どうしているのかが気になってしょうがなかった。
早くどうにかしなければ、自分が巻き添えになってしまう。
できれば今すぐに安全な距離を保ちたい。
「あのバックの中身、あれ・・・。」
「ああ、あれにはブローチがはいってたんだ。・・・ここ最近、トガロでは強盗や誘拐が多発していて、どれもみな高価なブローチばかり狙われていた。そのうち、狙われたブローチの特徴や仲間の情報から、骨董で売られていたブローチがそいつらの目的だとわかった。俺は警吏隊からの依頼で、そのブローチを骨董屋から預かり、聖堂に移送してたんだ。」
「・・・聖堂に?」
「ああ。どうやら曰く付きで、一部の裕福な貴族たちは、そのブローチを手にすれば神の加護を受けられると、信じているらしい。」
イフィルガルドは、苦笑しながら説明する。
「―――神、加護・・・・。」
アリシアは震える唇を手で覆った。
そのしぐさを彼女が訝しんでいると捉えたのか、イフィルガルドはあいつらは狂ってるんだと呻いた。
「あのブローチに神の加護だの、本当にあるわけがない。そんなもののために、・・・私利私欲のために、何のかかわりもない人々や村を襲い、殺すなどありえない・・・!」
手のひらに爪が食い込むほど強くこぶしを握り締めている彼を、アリシアは静かに見つめる。
「あなたはまだ見たことがないのね・・・。」
「そうだ、お前は神の力の偉大さを知らない。」
身なりの良い壮年の男が、先ほどのバックを持って部屋に入ってきた。
港町トガロは、パンジャミ辺境伯領である。
現当主ジョフス・パンジャミは、セボア大陸にあるいくつもの国と貿易をおこない、自分の骨董コレクションを増やすことに並々ならぬ力を入れている。貴族の中でも有名だ。
「パンジャミ卿、やはり貴方か。」
パンジャミは、イフィルガルドを一瞥し、うっすらと鼻で笑う。
バックからベルベットの袋を取り出し、その中の小さなブローチを恭しく手に乗せた。
「ああ、やっと会えました。待ち焦がれていましたよ、この日を。見てください、この天青石の輝き!ああ、美しいっ!」
パンジャミは、ブローチを掲げてみたり、覗き込んだりと輝きを確認して絶賛している。
しかし、アリシアは思い切り顔を顰める。とてもきれいな宝石を見るような眼ではない。
ああ、やっぱり、妖精憑きじゃないの!
アリシアには、ブローチに小さな妖精がくっついているのが見える。その妖精は、黒い靄のように悍ましく翳み、ブローチを抱え込んでいる。今にも大爆発寸前といった、張り詰めた気配がする。
できれば見なかった事にして関わりたくないと、アリシアは嫌そうな顔をする。
アリシアに顔を向けてパンジャミは、くっと喉を鳴らした。
「このブローチが、お前の手に渡る前でよかった。」
なにを言っているのだ、この男。
アリシアはそのブローチに用はない。
むしろ、今からでもその存在を無視したいくらい妖精が大嫌いなのだ。
「あぁ、イフィルガルド。お前がよもやこんな幼女趣味だったとは。屈強で廉直と名高く、衆望を集める陣営隊の副官が。明るみに出れば出世は難しいぞ?噂はすぐに広がるものだからな。」
なにを勘違いしているのだ、この男。
イフィルガルドがモルト子爵と同じような趣味の持ち主だとでも。
彼はアリシアのほうへ勢い良く振り返り、誤解だと眼を大きく見開いて口をパクパクさせている。
その必死さに少し不安を感じるのは気のせいか・・・。
パンジャミは何を思ったのかアリシアに近づいてきた。
アリシアにゾワッと悪寒が走る。
「ち、ちかよらないで!」
アリシアは叫んだ。
「なんだ。このブローチの美しさを良く見せてやろうと思ったのに。お前のような小娘は一生見ることができない代物なのだぞ。」
男はわざとらしく残念そうな顔をしてため息をつく。
「もう、ムリ。き、・・・気持ち悪い!それ以上こっちこないで!!」
アリシアは渋面をつくりブローチを凝視する。
それを自分のことだと勘違いしたパンジャミはアリシアの顔を殴った。
殴られた勢いでアリシアは壁に叩きつけられ倒れこむ。
「アリシア!!」
血相を変えて彼女に近寄ろうとしたイフィルガルドの襟首を掴かみ、パンジャミは後方へ投げ飛ばす。倒れ込んだイフィルガルドの背中を力任せに足蹴にした。
「ぐぁっ・・・。何でことをする!パンジャミ卿!」
イフィルガルドは自分を足蹴にする男を批難の眼で睨め付ける。
「お前が悪いんだよ。これほど価値のあるブローチをこんな小娘に渡そうとするから。」
「貴様の勘違いだ!彼女は関係ない。ソレを渡す気なんてなかった!」
男はせせら笑う。
「もう遅い。真相はどうであれ、もう関わってしまったんだ。お前諸共生かしておくわけにはいかぬ。」
「パンジャミ卿、お前がそのブローチを手に入れるために、手当たりしだい娼婦を殺したことも、盗賊に金を積んで村を潰滅させたことも、警吏にはばれているんだ!」
おや、とパンジャミは首を傾げた。
「何のことかな。ここでお前を殺してしまえば、どうとでも手をまわせる。昨日は娼館で一緒にいたお前の仲間も、今頃海の底だろう。」
パンジャミは愉快そうに笑い声を上げる。
そこに、この屋敷の使用人と黒尽くめの男が、部屋に入ってきた。
黒尽くめの男は、パンジャミが雇い、村を襲わせた盗賊だろう。
「ジョフス様、今、『無事に済んだ』と伝言が。」
「ああ、そうか。もう海の底だったか。」
パンジャミは、勝ち誇った笑顔でブローチを見つめた。
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