▲序章
ブルーラン大陸とセボア大陸の間にある大海、マルシェ。
その荒れ狂う海の上、目映い四角くの閃光が走る―――――――。
ブルーラン大陸の北部にある帝国フィントネラル、
港町トガロ。
大きな商船や小型の帆船が、桟橋にきれいに並列した様子で停泊している。
町はセボア大陸を行き来する商人が多く集まり、毎日活気であふれている。
しかし、ここ最近は妙な事件がたて続いているためか、商人や旅人の姿はいつもより少ない。トガロに隣接する村や都市で強盗や女性の誘拐、盗賊が村を襲い潰滅させられるといった事件が多発していた。
それに加え、昨夜の奇怪な海上現象。
商船は海賊にあうのではと航海を延期させ、宿屋は超満員である。
今朝港に到着した大型客船から、よろよろと梯子を渡って降りる1人の少女。
風が吹けば軽く飛んでいきそうな小柄な彼女は、とても一人旅をするような年頃には見えず、あたりにはその両親と思える人影はない。
少女は無事に梯子を渡り終え、客船の船員に小さくお辞儀をしながら港町の様子をうかがう。手には彼女の腰から足元まである大きさの籐の網籠と、手紙が握られていた。
きょろきょろした後、進むべき道を見定めて1人歩き出す。
ふと少女の背後から声がした。
「ほれみたことか。」
「何よ、うるさいわね。」
彼女はその声にごく自然に応える。
「我輩は、ゆっくりでも馬車なる乗り物に乗りたいと言ったであろうのに・・・。」
「やっぱり時間が勿体無い!といったのは、あんたじゃないの。」
「海の上では、襲われたら隠れる場も逃げ場もない。」
「あんなことになるなんて思ってみなかったもの。だって、私だって海は初めてだったのよ。豪華な客船に乗ってみたかったの!」
「まぁ、我輩は何度も航海しているからな。」
もちろん、彼女の背後に人がいるわけでもなければ、彼女の一人二役の独り言でもない。
彼女はヒラヒラのフリルをあしらった帽子を、本来あるべき頭部ではなく、首に大き目のリボンをあしらう様にして背後にさげている。
どうやらその帽子の奥から声がするようなのだが、中に小人の妖精でもいるのだろうか。
「だいたい、馬車でトガロまで行こうものなら、何ヶ月かかるかわからないわよ。ルータン越えしないといけないんだから。」
セボア大陸からトガロに行く道は、マルシェ海を船で渡るか、その反対側にある霊峰ルータンを越える方法しかない。ルータンはセボア大陸とブルーラン大陸の間にあるかなり険しい山なりの島で、ある一定の時期のみ、海の中から狭い道が現れて大陸と島とを結ぶ。
現れた道がまた海に消える前に、ルータンを越えなくてはならない。
セボアからブルーランに渡るにはもっと簡単な道もあるのだが、今回はブルーラン北部にあるこのトガロに用があった。
少女は今まで利用したことのない、海を渡る客船にどうしても乗ってみたかったのである。
「それにしても、水の上をゆらゆら、ゆらゆらと・・・。我輩は酒に酔ったように気持ちが悪くなってしまった。やはり海は好かぬ。」
「・・・へぇ。私は結構好きかもしれないわ。面倒なことが何も起こらなければだけど。」
少女と姿が見えない偉そうな妖精(?)は『海だ!山だ!』と小さく言い合いながら、港町の大通りを通り、渡海してくる商人や旅行者が泊まる宿街にはいる。
とりあえず、今日の宿屋を確保しなくてはと少女は思っていた。大きな港町なので、それなりに宿屋は多いのだが、できればしっかりと扉の鍵がかかる安全な部屋に泊まりたいのだ。
少女は薄いクリーム色の壁に緑色の看板をした宿に狙いを定め、フロントで主人に空室はあるか聞いた。
まだ陽が昇ってそんなに時間は経っていないのに、宿の部屋はちょうど1室、空いているのみだった。
『その部屋に泊まりたい。』
少女の声と誰かの声が重なった。
「ああ、兄妹で旅でもしてるのかい?仲が良いねえ、良い事だ。あいにくこの部屋はベッドとソファが一個しかねぇ。嬢ちゃんが小さいから一緒にベッドにははいれるかなぁ。」
と主人はにこやかに言いながら鍵を差し出す。
少女は思った。自分に兄などいないのだが。
すると、
「いや、自分に妹はいないが・・・。」
と、右隣から戸惑いがちに言う声がした。
------------------------------------------
「え、待って。この部屋を譲る気はないわ!」
少女は青年につめ寄る。
その様子を正面から見ていた宿屋の主人は、どうやら二人が兄妹ではないことに気がついた。
宿に入ってきたのは小さな女の子が先だったのだが、その後すぐに青年が入ってきた。
こんな少女が1人で宿に泊まることはないだろうと思っていたので、その青年と兄妹だと思ったのだ。
その上、少女は主人に空き部屋を確認した後、小声で「ちょうど良い値段だわ。部屋が開いていて良かった。」とつぶやいた。
それに応えるように、「よかろう。」と男の声が聞こえたのだ。
てっきり、横にいた青年がしゃべったと思っていたのだが・・・・。
空耳か、まさか年をとって耳がおかしくなったのか、と思わず耳をふさぐ宿屋の主人。
目の前では必死に部屋を借りるのは私よと少女が青年に言いつめている。
青年は、「いや・・・、しかし・・・。その・・・。」と歯切れ悪く応えるのみ。
ぱっとみたところ、顔立ちは精悍で、程よく鍛えられた体付き、来ている服のセンスも流行には乗っていないもののさわやかな着こなしだ。しかし、彼をよく見れば見るほど、幸薄そうな顔に見えてくる。
どうするのかと主人は事の成り行きを見守った。
青年は考えた。
(こんな小さな女の子が一人旅しているのか?・・・・危い。危険だろう。親御さんは何を考えているのか。いや、そもそも親は健在なのだろうか・・・?この子の荷物は少ない。装いからしてお金に困っているふうにも見えない。であれば、両親は生きていてそれなりに稼いでいるはずだ。じゃあ、なぜこの子は今1人でこのような港町の宿屋にいるのだ。そうか!家出か!?家を飛び出してきたのか?そう考えれば荷物が少ないのも納得がゆく。)
そんな家出少女をまた宿屋探しに生かせるのも気が引ける。
しかし、自分も何件も宿を回って、やっと部屋が空いている宿屋を見つけたのだ。あと数刻経てば、約束の時間となってしまう。今ここで宿を決めてしまわなければ、今夜は宿なしになってしまうのだ。
青年はちろりと小さな少女を見下ろす。悩んだ末、彼は言った。
「すまないが、俺も今部屋を決める必要がある。とりあえず、荷物を置く部屋が必要なんだ。俺はすぐに出かけるし、どうせ宿に帰ってくるのは遅い。ベッドはお嬢さんが使えばいいさ、俺はソファでかまわん。」
といって、主人から鍵を受け取る。
部屋の代金もサッサと支払い、荷物を持って部屋に向かった。
「え。ちょっと・・・!」
少女は呆然と青年の背中を見つめる。
困ったことになった。
違う宿を見つけに行ってもよいのだが、強行な青年の態度に納得がいかない。
それが小さな女の子に対する態度なのだろうか。
しかし、少女もすぐに睡眠を取りたかった。昨日の海上での騒ぎで疲労したので、休養が必要だったのだ。
「どうするかね?」
机にひじをつき、主人は横目で少女を見た。
「部屋代はいらないよ。あの兄さんが支払ってくれたからね。」
お金はさほど問題ではない。宿代くらい自分で払える。
少女は決めた。
早足で、部屋に向かった青年のあとを追う。
------------------------------------





