昨夜の突然の落雷により、パンジャミ卿の屋敷、その周辺の山畑がほぼ壊滅状態となっていた。
奇跡的に数人のけが人(盗賊の手下)のみで、手下達は警吏隊によって連行され、屋敷の使用人たちもパンジャミ同様、管理棟に収容された。
「いやぁ。急に雷落ちんだもんよぉ。びっくりだぜぇ。でもまあ、ちゃんと件のブローチも回収したし、パンジャミ卿の悪事も芋づる式に暴けて、大手柄だったなぁ。」
カカッと豪快に笑うクロノスの横で、イフィルガルドは気まずそうにうなずく。
「パンジャミ卿の裁きは、じっくり星室庁がやってくれるらしいから、もう任せるとして、ブローチは法王庁が預かるそうだ。引き続きイフィル、お前が持ってってくれ。」
「はい。俺がこのまま帰路ついでに寄っていきます。」
「ところで、あのお嬢ちゃんはどうするんだ?いつの間にか派手な男は消えちまってるし。嬢ちゃんの連れじゃなかったのか。」
二人は少し先で屋敷を見つめている少女を見やる。
「いや、連れなのは確かでしょうね・・・。」
イフィルガルドは口の中でぼそりとつぶやいた。
「宿屋によって、残りの荷物と宿屋の主人に騒ぎを起こした分も支払ってきます。彼女も一緒に送っていきます。」
「お前がよもやこんな幼女趣味だったとはなぁ。屈強で廉直と名高く、衆望を集める陣営隊の副官、イフィルガルド・フィンガル様がなぁ。」
ニヤニヤしながら、クロノスはパンジャミと同じセリフをイフィルガルドに投げかける。
「いや、そんなんじゃないですから・・・・。」
イフィルガルドは眉間を押さえながら、クロノスに会釈し、アリシアの元へと踵を返した。
「ああ、どうしてこうも厄介ごとに巻き込まれるのかしら。」
「まぁ、これが定めであろうよ。」
「できれば私は関わりたくないの。ただ物陰から傍観しているだけでいいのに・・・。」
「妖精にも人間にも関わらず、人として生きていくことなどできまいよ。今更であろう。」
アリシアはふんっと鼻であしらった。
「アリシア、悪い。宿に帰ろう。」
イフィルガルドが近づいてきたので、男の声は気配を消してしまった。
「今回はなんと言うか・・・、巻き込んでしまって悪かった。」
宿屋への道すがら、イフィルガルドは足元を見ながらアリシアに謝罪する。
「別に。嫌な気配を感じていたのに、回避しなかった私がいけなかったのよ。関わりたくないのなら、初めから一切関わるべきじゃなかったわ。」
イフィルガルドの胸がズキリと痛む。
自分はこんなに可愛らしい少女に会えて嬉しく思っていたの・・・。
「・・・。ところで、ソレ、また持ってるの?」
「あ、ああ。これを納めるべき場所に届けたら、俺の任務は完了なんだ。」
アリシアが下から見上げる先は、イフィルガルドの上着の内ポケット。
見透すような眼でじっと見つめられ、たじろいで気になっていたことを問いかける。
「その・・・、あれはこのブローチのせいなんだよな。」
「そうね。その妖精のせいよ。」
「妖精・・・。」
イフィルガルドはいまだに信じがたい顔でつぶやく。
アリシアは視線を正面に向け、独り言のような声量で続ける。
「昨日の、その妖精のストレス発散で今は特に害のない元に戻ってるわ。すっきりした顔してる。」
「町が消し飛ぶといっていたが・・・。」
「そうよ。もう結構ギリギリだったから、メネエルに浄化させようと思ったけど、遊んでいるうちに邪魔が入っちゃって。あの警吏隊長が触ったので一気に解放されちゃった。」
「犠牲が・・・。」
「え?ああ、妖精は基本人間には手を出さない。妖精王の命令があるから・・・。雷が起きたのは、妖精の負の感情を諌めようとした精霊の仕業だろうけど、なんにせよ、あの雷のおかげでトガロ全体が消し飛ばずに済んだのよ。あの男の屋敷だけ崩壊してイー気味ね。」
稲光が屋敷を覆いつくす瞬間に、アリシアがため息をつきながら、軽く両手をパンと叩き、淡い光が広がったのを見たのは気のせいだったろうか。
「それで、その妖精憑きのブローチ、すぐに届けるの?」
「ああ、そのつもりだ。」
アリシアはもう一度ブローチのあるほうに眼を向ける。
「残念ね。」
「なんだ・・・?このブローチが気になるのか?」
「まさか!その妖精があなたにべったりなのよ。」
「・・・。」
「視えないっていうのは、やっぱり幸せな事なのかしら。」
ちらっとイフィルガルドを見て、アリシアは正面を向く。
「・・・。君はいったい・・・・・。」
アリシアはそれきり応えることなく、ジッと前を向いて宿へ向かった。
イフィルガルドたちは、宿に着き、荷物を纏め、宿屋の主人に騒ぎの謝罪と詫び金を渡した。
街路地に出て、なんとなくお互い向かい合う。
出会ってたった3日間。
なんて目まぐるしく時間が過ぎただろう。
イフィルガルドは、この謎めいた少女とまだ離れたくなかった。
いろいろと謎なままだし、この少女の今後の動向も気になってしょうがない。
今ここであっさり別れても、きっと気になって気になって何度も後ろ髪を引かれるのだろう。
こんなモヤモヤした気持ちのままなのは嫌だ。
だからイフィルガルドは、アリシアと眼があった瞬間にポロッと言ってしまった。
「もしこの後の予定がないのであれば、良ければエネトワにあるうちの屋敷に来ないか。」と。
彼の人生最初の誘い文句である。
なんて率直な。
アリシアは面倒ごとになりそうだと、断ろうと口を開きかけた。
「アリシア。」
メネエルが囁く。
「エネトワにはキプフェルがある。」
キプフェルは三日月の形をした焼菓子だ。
メネエルは大の甘党なのである。
アリシアはひとつため息をついて言った。
「行くわ」
イフィルガルドは心の中で小さくガッツポーズをしたのだった。
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