山田詠美さんの本、アニマルロジックの中でこんな一節がある。

『彼にとっての本当の事は、言葉の中には存在しなかったのだろう。
 本当の事を、言葉で表現する必要もなかったに違いない。』

本当のこととは、事実や真実ではない。
そう感じたものやそう捉えた心に存在していく。
例えば、愛しているというのは言葉だけでは本当にはならない。
自分で感じていくもの、そうさせるもの。
言葉にしなくとも愛として捉えることが出来るときもある。
その中で、信頼や信用を得ている関係に言葉は通用するのだ。
信じられないときに、いくら言葉を投げつけられたって心に届かない。
本当のことは言葉の中に存在しないというのは、
信用に値する人間に出会えてないということ。
本当のことを表現する必要がないのは、きっと
自分をさらけ出せる相手に出会えていないから。

ありのままに、そのままに、全てを見せるのは勇気が要る。
けれども、それが出来る相手に出会えたなら、
それは本物で、そして本当の自分を見つけられる。
そんな相手を失わない術を忘れてはいけない。
それは事実や真実は時として本当のことにしてはならないこと、だと思う。
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めっきり落ち着いたと褒められる今日この頃、
みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
この年にもなると褒められることがあまりないとはいえ、
落ち着いたと褒められるのもどうかと思う、私ですが。
まぁ、それも今までの行いが物を言う、という事でしょう。
ということで、本日は『異性も友達になれる派』or『異性は友達じゃない派』を
お題としてお話させて頂きます。

まず、結婚前の私は絶対!!『異性も友達』と言い切っておりました。
それは、友達がほとんど男だったから。
ウチにお泊まりなんてしょっちゅう、遊び仲間も男だらけだったのです。
もちろん、その中から恋愛感情が生まれ・・・・じゃぁ友達じゃないじゃん!!
と、現在の私なら突っ込んでいるところです。
そう・・・・ポイントはココ。
友達っていうのは異性に対して使うなら、もはやグレー。
何がきかっけで恋が芽生え、愛が生まれるか想定できない。
絶対に有り得ない!!って、本当に言い切れるのかい?
アンタが有り得なくても相手が勝手にフォーリンラブしたらどうすんの?
って、なるわけですよ。
恋愛は自由。浮気したって不貞行為にはならない。
だから、友達という異性は都合良いカテゴリーを持ちグレーゾーンが出来上がるのです。
じゃぁ異性の友達って嘘?というのも、こりゃまた難しいですよね。
本当に成り立っている関係ならば、恋人に会わせて一緒に友達になったらいい。
だって、世の中っていうのは人の恋人を奪うとき、同じ事をしていても
相手に面識があるのとないのじゃ、世間の裁定も違うでしょ。
友達の恋人を取るのは最低だけど、知らない人のはいいわけだから。
そんなわけで、友達の輪を広げて仲良くなっちゃえばこっちのもんです。
反対に恋人が異性の友達に会わせるのを嫌がったら、それはグレーな関係と判断して良し!!

あー、話が逸れてしまいましたが。
要はあれですね。
実際には成り立つときもありますが、万が一の可能性は否定出来ないのです。
そして、それにより恋人は不信感を持ったり、不安にもなるわけで。
自分が恋愛感情なくとも相手が持ってしまえば、そこから友達は難しい。
そんな感じでしょうかねぇー
それで、現在は『異性の友達は疑わしい派』に変更致しました。

だって、友人が『この前、つい友達とやっちゃったー』って言うんだもん。
友達っていっても、男と女じゃ何があるか分からないってことだよね。
ども、こんばんはー。お久しぶりです。
というのも、ここ数日の私は風邪ひきさんでありまして。
なんでかなぁ~。風邪引くと妙にネガティブになるね、ホント。
具合が悪い時に限って晴れたりすると、どれだけ自分が不幸なのか余計気分悪くなるし。
大体、寝ている隙に社会から職場から忘れられている気分にもなるし。
結局は自分が居なくなったって社会も、家庭も上手くまわるもんだから、
まぁ社会人としては立派な歯車にのっている(のせられている?)感じだよね。
今、言った気分になるのが事実であればね。
実際は、休みだイェーイっ!!ゴロゴロ、バンザーイッ!!
・・・・やっぱり、健全な体に健全な精神は宿るわけですよ。

ということで、もう少しお休みしています。