川上弘美さんの本、『先生の鞄』で主人公の月子さんが

先生の優しさをこう解説していた。


『先生の優しさは対等であろうとするところからのものであり、

 それはお互いが平等の位置にいることを示してくれる。』


ふむふむ。なるほど。

確かに、無用に優しくされると心許ない気持ちにさせられる。

無用の優しさは人によっては傷ついたり、上から物を言われた気分になるかもしれない。

だけども対等だから触れる優しさというのは、

人にとって一番心地のいいもので、一番尊厳を保つものなんだと思う。

マザーテレサやダイアナ妃があんなに人々に愛されていたのは、

この対等な優しさを分け隔てなく、奉仕するという気持ちでなく。

『誰もが人間として平等で、普遍的に変わらない』ということを、

貧しい人たちにも病気の人たちにも、ただ伝えたかっただけなんだろうな。


私だって、優しくされるのは好き。

だけども、対等に扱ってくれるときほど自信がつくことはない。

私にも誰に対しても、優しさが対等であろうとするところから生まれるといい、

いつもと変わらない毎日を過ごす中で思った。

こんにちは。

よく言われるのが、『おじさんみたい』とおばさんを通り越して

おじさん評価がついてしまう私です。

みなさん、いかがお過ごしでしょうか?

別に私はバーコードじゃないし、脂ぎってないし、痰を吐き捨てたりしません。

だから何ゆえ、そんな評価をされたのか全く持って心外です。

まぁ、世の中は『おじさん=嫌われ者』という方程式が成り立っているのも事実。

この私も、おじさんはおばさんより好めないところ。

なれば、私をギャフンと云わせるには・・・・・

相手が一番嫌う人を似ているよね、という発言は誰に対しても

凹ませる威力があるのは否めません。


ということで、短い検証ではございましたが。

ムカッと来た相手に、平和的解決及びちょっとした痛手を負わせたいのなら、

相手が嫌がる誰かと似ている発言をサラッと流しては如何でしょうか?

相手は凹むか、多少なりのイラっ、または動揺・・・・

まぁ相手の心をかき乱すぐらいのことは出来ると確信を持ってお薦め致します。


本日のお相手は、『おじさん』カテゴリーに入れられた

自称まだ女、私はたぶん女、やや女、女かもしれない、女ぎみ?と

微妙な性別の狭間で揺れるaskでした。

また、明日は『とんでもなく相手の神経を逆撫でて一発逆転にでる方法』をお送り致します。

(嘘です、ごめんなさい。)

久しぶりに、大学のレポートに取り組んでいるよ・・・・
実はどの学部に進もうか、未だ悩んでいる!!
一応、法学にしたんだけどね。
そうよ!!これよ!!って意気込みきれない私・・・
夏までは法学しか考えられなかったの。
でも、ある教授の講義を受けてから迷い出した。
臨床心理士って資格、みなさん知ってる?
企業、病院、学校で心のケアをするって仕事。
その資格を取る指定校なんだ、うちの大学。
すごく興味があって、やってみたいとは思うんだけど。
何て云うか、覚悟ってやつがないの。
それと自信もない。それに決めてがない。
だから、ずっと迷っていて悩んでて。
気がつけば、いつもそれについて考えちゃうし。
色んな人に相談してみたけれど、何かが当てはまらない。
心の中にね、ビシっとはまるピースみたいなのが。
こう迷いの中で進める勉強って、ホント苦しい。

私は、どうしたいのかな。
私が進むべき道ってどこにあるのかな。
誰かの役に立ちたいって、そんな殊勝な気持ちじゃないのが問題?