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どこもかしこもクリスマスのイルミネーションで、
街はお化粧をしたデート前の女の子みたいにロマンチックになった。
クリスマスにはプレゼントの広告を沢山みる。
そこに、いつも使われる言葉がある。

ラグジュアリーな夜を、とか、
ラグジュアリーなアクセサリーを身につけて、とか、
ラグジュアリーが頻繁に使われている。

ぜいたく、高級という意味だけれど、
他にもう一つの意味を持っている。
それは、「得難い喜び」


私にとっての得難い喜びとは何なんだろう。
簡単には手に入らないからこそ、
手に入れたときの喜び。
きっと物じゃない、形あるのもじゃない。
揺るぎないもの、心から信じられるもの。

もし、ラグジュアリーを求めるとしたなら
それは高級な物でもなく、
贅沢の極みでもなく、
イルミネーションの下を歩きながら
冷たい手を握ってくれる手だ。
そして、ラグジュアリーの意味を
「得難い喜び」として私は使いたい。


ニュートラル・・・・・対立する二者のどちらにも属さない中立な状態

『金正日は、悪いやつ?』
息子に突然、訊かれた。
私は・・・・何も答えなかった。
そしたら、息子は私の元へ来て
『ねぇ悪いやつなの?』

げぇっ、なんて難しい問題を吹っかけるんだ。
子供ってほんと、難解なことをシレッと訊くよねぇ。
悪いやつかどうか、そんなの北朝鮮っていう国が
できるまでから話さなくちゃいけないじゃん、と言って
私は渋々、息子に北朝鮮ができるまでを話した。

誰にでも、自分なりの正義が存在する。
一番恐いのは、その正義のもとに
行われることだと思う。
けれども勇気ある人は、間違いを間違った、と
認めることができる人だ。
この正義だけが正しいのか?
この悪だけが悪いのか?
偉い人は、それだけで力を振りかざしちゃダメなんだ。
だから偉いんじゃん?と、息子に言った。

物事は、答えがひとつとは限らない。
例えば謝ることは正しい。
でも、謝れば許されると思うのは間違っている。
じゃぁどうすればいいのか?
そんなの分からない。
そんなの個々に考えておくれよ。

だけど、答えはひとつではないことも、
正しさは様々な形であることも、
それを知るということも、
それがグレーでもニュートラルでも
とにかく答えを担うものである。

悪いやつかどうかは、自分で決めろ、と
息子に言った。
息子は、また訊いてきた。
『ママはどう思ってるの?』
『ママは・・・・
 あんまり結婚したくないタイプだな』

息子は素直なので
意味分かんない、とだけ言って納得した。
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私は、自他ともに認める超雨女である。
時々しか行かないディズニーランドさえ、晴れたことがない。
頑張っても(何を?)曇りにしかならない。
ただ、私の友人は金儲けが出来そうなぐらい晴れ女である。
大切な日は、彼女の持ち物を持ってくだけで晴れるので、
ぜひ、受験・デート・お見合い・遠足にはお勧めしたい。
私たち仲間内では彼女のものを持って行くのが常識なので、
旅行などの際には、化粧品と同じぐらい揃えておく物だ。

だが、私だって好きで雨女になったわけではない。
子供の頃から母に嫌がられるほど雨を降らせるので、
よくお留守番をさせられたが、未だにそれはわたしのせいなのか、
全然納得出来ないし、むしろ母が雨女ではないか疑いたい。
と言っても、結局私が行かないと雨が降らないわけで、
なんだかんだいって立証されてしまった。
あー雨女。私は雨女。相合い傘はもう厳しい雨女。
水も滴るいい女とは誰も言ってくれない雨女。

そんなわけで、雨女です。宜しく。

ついでに言っておくと、写真の絵本は
息子の小学校で見つけ、ずっと探していた本です。
あまりに単純なタイトルで忘れてしまい、
ただ内容だけ覚えて色んな本屋さんを見たのですが、
結局あったのは雑貨屋さんでした。

この絵本には、大きな愛が描かれています。
あまりに大き過ぎてクラクラしてしまい、
愛って一体なんなんだ?と思ってしまいます。
愛する、ということが、もし、本能であるならば、
きっと何もかも太刀打ちできない・・・
だって本能なんだもの、理性じゃどうにもならないよ・・・
私の雨女症も、どうすることもできないなぁ・・・
だけど、私の雨女症は本能じゃないと思います。
単にこの絵本は、30年以上もベストセラーなんだそうです。

本屋じゃ見つかりません。
欲しい方は、自分で探しましょう。