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石田衣良さんの『スローグッドバイ』を読んでいる。
読んでいる、というのは、全部で十篇に綴られてる恋愛短編小説の中で
最後の一篇を残しているから。

読んでいるうちに、恋をしたくなった。
厳密に言うと、恋はしたくないけれど、
恋している気分を味わいたくなった。
恋って、どんな味だっけ。

私が恋したくなったのは、衣良さんの描く世界に
潔い男がいるからだ。
現実には、あまり出会えない潔い男が必ずいるから。

この頃思うのは、私の周りに潔さを持った男がいない。
というか、良い潔さがない。
簡単に諦めもするし、傷つかないように生きて行くことはできても、
自分の気持ちを正直にぶつけてみて砕けてもいい、ぐらいの
潔さが足りない。
何も始まりもしていないのに、何も話すら始めてもいないのに、
ただ自分の頭の中で結果だけは出ていて、
こうしたらダメだろう、とか、言っても分かってくれないだろう、と
簡単に何かをして答えがでた気分になってる。

それは、どんな経験値によってはじき出されるのかは判らない。

最近では、女の方が潔いとさえ思ってしまう。
世の中の熟年離婚は、95%ぐらいは妻から切り出すんじゃないだろうか。
(いや、数値の根拠はないけどさ・・・)
そりゃぁ熟年なので、再婚や生活や仕事の不安は
際限なく広がるだろう。だとしても、離婚を決断するのだ。
そんなとき、夫はあたふたするだけ。
何を言われようが、どんな不安があろうが、
離婚したいのだ。あぁなんて潔さだ。

潔さ=離婚ってわけではなくて、
分かってもらえずとも、受け止めてもらえないかもしれないけど、
もしかしたら木っ端微塵になるかもしれないけれど、
何も伝えないより、何も始まらないより、
傷つくのを怖がって何もしないでいるよりは、
ずぅーっとまし!!っていうのは、
ム・リ・で・す・か?・ね?
ム・リ・かなぁ~


私は、潔い男に恋している気分を味わいたいのだ。
「好きだけど、なんとか~」とか
「言おうと思ったけど、なんとか~」とか
「考えたけど、なんとか~」とか
言うやつは、ぶっちゃいたい。
「けど」も。「なんとか」も。
言うやつは、ぶっちゃいたい。
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私はちっぽけで、それはそれはちっぽけで、
何てことないことに戸惑ったり、悲しんでみたり、
何もかもがイヤになったり、諦めたくなる。

私と話すのが楽しみな上司を可愛く思ったり、
なんてアホかしら、とも思ってみたり。
職場の仲良くなった子たちとワイワイしてみたり、
むかつく!って腹立てあったり。
会議に参加することを少し誇らしく思ったり、
なんだか責任の重さを感じてみたり。
自分の気持ちを話せたり、
誰かにその気持ちを受け止めってもらったり。

ちっぽけだな、と人の波の中で感じる私は、
本当に小さな出来事の積み重ねをして生きている、
なーんて改めて思ったりもする。


何かを見失いそうになるとき、
私はいつも考える。
それは家のベランダから見える景色や、
職場でみんなの真剣な顔を見ているときや、
たまたま通り過ぎたときに見かける風景に、
私は気付かせられる。

特別に素敵なところへ言って、
壮大な景色を見たりして、
何かの刺激ではなく、ごく普通の、
何てことないものに気付かせられる。

イヤになるのもいいだろう。
理解しなくてもいいだろう。
怒ってもいいだろう。

私、真面目はやめて不良になる。
まず不良なので、道ばたに唾を吐く。
ロンスカのソバージュにして鎖を持つ。
眉毛を剃って、口癖は「あ~?」と
一発目はケンカ腰でいく。
そして、コンビニ前でウンコ座り。
喧嘩は暴力行使で解決する。
家にある割れるもの全て割る。
金は、そこら中から巻き上げる。
口紅はもちろん、黒だ!

・・・・・・。
あぁ!!私の清純可憐なイメージがっっ!
世間様に顔向け出来ないっ!!
私ってば、やっぱり俗人なのね・・・・
私ってばイメージ重視だからっ
と、いうことで元気になりました。
(ん?誰も心配してない??えぇーっ!?)
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昨日の朝の電車で、優先席の前を立っていたら
私の前の席の方が降りていった。
私は周りを見渡して、他に必要な方はいるかなと見たけれど
いなかったので私が座らせてもらった。

・・・その途端、私の前に立った若い夫婦の奥さんが
妊婦なのに気付いて
(妊婦さんマークのキーホルダーが目に入ったの)
私はすぐに立って、座って下さい、と譲った。

そんなことはどうでもいいんだけれど、
若い旦那さんは良かったね、と奥さんに言った後、
おもむろに携帯を取り出してゲームを始めた。
私は、正直がっかりした。
きっと、旦那さんは奥さんが妊婦なのに
もし優先席に座る元気な方が譲らなかったら憤慨すると思う。
妊婦マークがついていて、優先されるべきなのにって。多分ね。
けれども、同じように優先席には他にも優先されなければならないこともある。
その約束事は、当然、旦那さんも見て分かる。

私は、うすら寒くなった。
もしも、産まれてくる赤ちゃんは心臓が元気じゃなくて
ペースメーカーを入れたときに、
旦那さんは同じようなことが出来るのかな?

自分じゃなければいい、
自分が損しなければいい、
自分さえ良かったらいい、
自分のことしか考えられない、というのは
誰よりも、少しでも、得したいからなの?

そしたら、妊婦さんに席を譲った私は損したのかな。
妊婦さんの代わりに満員電車でへし合い押し合い立つのすら
必死になったことは損だったのかな。
知らない誰かに気遣うことを思った私は、
いつも損するのかな。
誰かのことよりも自分のことを考えた方が
私は今よりも、もっともっと楽になれる?
そして、もっともっと生きやすくなるの?



真面目にいる自分が無性に哀しくなった。
誰かに思いを馳せたり、分かってあげようとしたり、
受け止めようとしたり、どうにかしたいと思ったり、
なんだか、その全てが本当に情けなくなった。
本当に泣きたくなった。
私は、得したいと思ってるわけじゃないけれど
なんだか、どうしようもない気持ちになった。

だけど、誰もが損得の中で生きているのなら
私の考えは何の役にも立たない気がしてきたの。

誰よりも自分を分かってもらい、助けてもらい、
人よりも多くの得を見つけて優位に立ち、
誰かの気持ちを理解しなくたって、
それでも、幸せを掴まえられるんだな、って。