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本日、息子の学校で『1/2成人式』なる発表会があった。
なるほど、なるほど。ちょうど半分の10歳を迎えた子供達。
スピーチでは、それぞれが将来の夢や両親に感謝の言葉を贈っている。
息子は、赤ちゃんの頃の笑い話を書き連ね、終始、どれだけ面白かったか、
それに尽きている・・・・親への感謝はないのかいっ!?



私はときどき、大学を辞めたくなる。
ただのお母さんや奥さんになりたくなる。
そのとき、思い直すものは息子への決心だ。
息子は大きくなるにつれて無くなってしまう夢や希望が、私には痛かった。
子供はもっと夢を見ていて欲しい。
未来への憧れをもって、将来を描いて欲しい。
それが親のエゴだとしても、何かに憧れていてほしい。

この時代、とか。社会、とか。実際、そんなもののせいじゃない。
大人が挫けたら、子供は終わりを知ってしまう。
だから、私は辞められないのだ。
私は子供に見せてやりたいのだ。
知って欲しいのだ。自分の可能性を。
いいじゃないか、寿命の全てをかけて最後に夢が叶っても。
人生の終わりに掴むことが出来たって。

息子の『1/2成人式』は、もう一度、思い出させてくれた。
これからの十年、本当に様々なことが起きて変わっていくだろう。
だけど、何があっても、きっといい十年が過ごせると信じている。
どんな形であっても、私はそれがその形なんだ、と思うから。
手足が冷たくて、唸りそうにもなるけれど。
それでも冬が来ないなんて、正直、落ち込む。
冬のどんより雲が朝から広がると、いよいよか!!ってワクワクする。
なんとも落ち着かなくなって、白い綿毛がフワフワ落ちてくると、
仕事してる場合じゃないよ!!って、はしゃぎたくなる。

息子が2歳ぐらいのとき、大雪が降った。
息子は初雪体験で、雪を見せたくなった。・・・転がしたら泣いちゃったけど。
その頃は、離婚してばかりで実家に住まわせてもらっていて、
母は鬼のように、私たち親子に辛く当たった。
ご飯は食べさせてもらえなかったし、とにかく酷かった。
そんな母に買い物に行ってこい、と言われた。
この大雪、小さな息子を連れてどうしようか?と悩んで、考えた。
そうだ!!ソリに息子を乗せていこう!!、と思いついた。
大雪の中、ソリに乗った息子を引っ張りながら歩いた。

小さかった息子にニット帽を被らせても、ソリの中でどんどん雪が積もって真っ白になった。
ときどき息子の雪を払って、息子の顔を見ると不安そうな顔で見ている。
ちょこん、と座る小さな息子。
雪が頭に積もっても、ジッとしている息子。
『大丈夫?早く帰ろうね。』と言うと、コクンッと頷くほっぺたが真っ赤になった顔。
そんな姿を見ていて、とても愛おしくなってしまった。
帰りは、買い物の荷物に息子が埋まり、ソリは重くなった。
いま思えば、歩いているあたしはそれほど寒くなかったけれど、
冷たい荷物や雪で、きっと息子はとても寒かったに違いない。

雪が降れば、あのときの私たちが見えてきそうな気がする。
『早く、帰ろうね。』と声を掛けながら、あの時あたしは必死だった。
息が真っ白くて、耳が赤くちぎれそうで、手がかじかむ。
世界はまるで非現実的で、いつもの日常から離れてしまう。
雪が降っているその日だけは、私も息子も家に居られない。
私たちには忘れられない愛おしい思い出だから。
だから、私は雪がもたらす魔法が待ち遠しい。
本の話、第4弾。

陰鬱な本といったら、相当心持ちが良くないと読めない。
でも、自分が何かに悩んでたり、
ちょっと不幸じゃないと心がちっとも震えない。
そういう意味では、私は万全の状態じゃなかった。

『モルヒネ』は、命を断つ絶対的な方法として主人公は医者になった。
死にたい、と思うことは、生きていれば何度か考える。
思ったり、言ったりするけれど。
本当に心から死ぬことを望むより、
実は死にたくなる理由さえ無くなれば、死ぬことはない。
つまり、死ぬ、のはその死にたくなる出来事を
自分もろとも殺したい欲求なのだ、と思う。

もし、神様がいて。
神様が『あなたの望む通りの寿命を今から与えよう』
そう言ったなら、どう応えるだろうか。

この世界から旅立ってしまう日。
あるいは前日に、死にたい理由が無くなったら。
死にたい理由より、もっともっと大きな希望が差したら。
愛した人から、とても愛されたり。
病気が快方に向かったり。
いじめる子が心から謝ってくれたり。

寿命までに何が起きるか分からない。
神様はとてもイヂワルだ。
だけど現実には、神様は現れてくれない。
死のうと思った日に、この世界と繋ぐ、
奇跡じゃない現実の誰かが抱きしめてくれたらいい。