よく言われたのが、私が子供を生むことに大多数の人たちが

子供が可哀相と言っていたことである。

もちろん、女子高生で遊び呆けていた私が生むことに

また育てることに心配の念も含まれての言葉だろう、と思う。

それから、すぐに離婚して家族に言われたのが、

息子があまりにも不憫で不幸な子だと、口を揃えて言った。


私なりに、言われた意味は解かる。

私みたいな母親の元に生まれ、父親の愛情さえ受けられないのは

一般的な物言いは、それしかないかもしれない。

そして、それが世間の不幸の定義かもしれない。

私は、若いだけである。

ただ、それだけである。

それに、プラス愛情しかないのだ。

でも、ちょっと待ってよ。

息子は、本当に決まった不幸な人生を歩むのだろうか?

周りが、不幸だと言えば、息子はおのずと不幸だと思うだろう。

もし、お母さんに愛されて幸せだと言われれば、幸せだと思うだろう。

不幸の枠を勝手に、決め付けるのは哀しい。

喧嘩ばかりする両親の元で育てられた子は、本当に幸福だろうか?

父親の暴力に耐える母親を見て育つ子は、本当の幸福だろうか?

私には色んな家族の形も、様々な親子の関係も、それぞれの人生も

同じような定義には当てはまらないと思う。

愛情が無ければ、どんな形も苦しくなるだけ。

だけど愛情があれば、どんな形も許し合えるのではないだろうか?


もうすぐ、TADのバンドが主催するイベントがあるんです。

と、いうことで私がイベントタイトルをつけたTシャツを着てお手伝いさせて頂きました。

どうやら、カードやビラに使用されるようですが、顔出しは勘弁させて頂いたわけです。

前回のイベントも大盛り上がりを見せたので、今回も私の友人達は

それぞれの恋人や家族を連れて遊びに来てくれるそうです。

さて、みなさんもお暇なら来てくださ~い!!

アディオース!!

久しぶりに、自転車で買い物に出た。
緩く走りながら。
いつも、休みの買い物は車で行くから、明るい時間に走る自転車はなんだか新鮮だった。
梅雨の合間の一休み。
そんな天気だから、どの家も何かしたいんだろう。
家の垣根を刈っていたり、家族で庭いじりしているのを何度か見かけた。
この天気をフル活用したいよね、そう思うと、なんとなく他の誰かは今頃何をしているんだろう?と考えた。
別に友人や、特定の誰かを思ったんじゃないんだけど。
私が見上げた空の下で、いま笑っている人もいるんだろう。
もしかしたら、泣いている人だっているかもしれない。
いま空の下では戦争の傷跡で苦しんでいる人もいるだろう。
どこか近くの病院で、赤ちゃんが産まれた人もいるだろう。
空の下で生も死も、みんな経験していく。
ずっと、ずっと、絶えず。

こんなこと、私はブログを使ってでしか表現できないけど。
ブログを覗いてくれた方と、どこかで隣り合わせだったかもしれない。すれ違っているかもしれない。
私とあなたは顔すら知らないのに、私はあなたに一方的に私の云えない言葉を発信してる。
遠くて、近いんだなぁー。
同じ空の下にいる私たちは。