紹介状を持って予約した市立の総合病院へ。

徒歩圏内で通えるところに繋いでもらったことが、その後、幾度となく続く通院を辛くないものにしてくれました。

 

母の付き添いで何度か訪れたことのある病院です。

その時とは違い、今はコロナ渦。

入り口での検温や予約の有無などを問う、数人のスタッフの声かけが何となく物々しい雰囲気です。

 

初診受付して予約表を渡され、消化器外科のカウンターに提出。

待合スペースでまんじりともせず、診察の順番が表示されるモニタを眺めていました。

 

問診票などを書いた記憶がありますが、正直、あまり覚えていません。

 

自分の番号が掲示され、そこで自分の担当医の名前が始めて分かりました。

 

若い男性の医師。

持参した大腸カメラの画像を画面に映しながら、おそらくこのサイズは大腸がんだろうとのこと。

そして大腸がんは肺や肝臓の転移が多いので、検査するとのこと。

今後の流れを丁寧に説明をしてくださり、好印象を受けました。

看護師さんも気さくで優しく、漠然としていた不安は和らぎ、「よし、手術で取って治していける!」と前向きな気持ちにスイッチできました。

 

単純ですね、私。

 

でも先生や看護師さんの淡々とした言葉と手慣れた処置が、ソワソワした心の私を落ち着けてくれました。

彼らにとって「病気が見つかれば方法を考えて、対応していく」という当たり前の流れが、日常なんだと思ったとき妙に安心してしまったんです。

 

「今日、やれる検査はやっちゃいましょう」とのことで、先生がPCから、あちこちの科に検査予約を取りつつ、時には自ら電話して検査の手配をねじ込んでいきます…そう、まさにねじ込む!笑!

「今、空いてます?」「何時だったら平気ですか?」とやりとり。

 

私は母がとにかく病気がちだったので、いくつもの病院に付き添ってきましたが、自ら、電話で検査の手配をしまくる医師は初めて見ました。

だいたい、看護師さんに丸投げだったり、PCの予約スケジュールがいっぱいの時はずっと先の予約にしちゃうんですよね。

 

おかげでその日は尿検査、心電図、レントゲン、採血と一緒に造影剤のルートを取ってCTまでこなしました。

 

一通り終えて、診察室に戻ると、先生はさっき撮ったレントゲン画像を見ながら「肺は綺麗だから大丈夫。念のため次回、肺機能検査も入れときます。」とのこと。

さらに手術日も暫定で5月10日と告げられました。

もっと早く手術できるけど、入院期間が連休中にかかるとスタッフも手薄になる。そこまで緊急性は無いと思うので、連休明け、万全な状態で手術しましょう、と。

入院は手術2日くらい前から。うまくいけば10日で退院も可能だが、術後の経過ではそれ以上に延びることもある。仕事大丈夫?と聞かれましたが、もうこうなったら「大丈夫です!」と言うしか無いですよね。健康で無ければ仕事は続けられないですから!

 

そんなこんなで、一気に入院日から次の検査スケジュールまでが決定しました。

 

3月31日:大腸バリウム

4月2日:肺スパイロ、消化器内科受診、胃カメラ

4月6日:MRI、腹部エコー

4月13日:心エコー、再び消化器外科受診

 

上記以外に、もう一度、大腸カメラで小さめのポリープを切除しつつ、術前の処置をしたいのでその時は2日ほど入院してもらうかもしれないと言われました。

 

そうです。翌日、いきなり大腸バリウムです!

またある程度、腸をを空っぽにしておかないといけません。

その時点で既に昼過ぎ。

看護師さんからは、検査食を買っても今からだと勿体ない(笑)から、お粥やうどん、おなかが空いたらゼリーかビスコでも食べて、とアドバイスをもらい、帰りがけにレトルトのお粥と冷凍うどんを購入。

 

激動の半日を終え、腹ぺこのまま帰宅しました。

自分が「がん」になった時…

周りにどう伝えるか。

 

「がん」経験者は悩むところかと思います。

 

私の場合はまず最初にオットに伝えました。

健診で引っかかったのは知っていますし、大腸カメラ検査を受けに行くことも伝えていますから、当然、結果を聞かれると思います。

包み隠さず伝えました。伴侶ですし。

 

次は近しい親族。

 

両親、姉のようにいつも支えてくれた叔母(私は一人っ子)、そして優しい姑。

 

さて、ここで問題が。

 

実母は若い頃からメンタル的な病を抱え、そして十数年前にまた別の病で車椅子ユーザーとなりました。

元来の脳天気な性格で、今でも父の全面的な介護を受けて、元気に生活していますが、ちょっとしたことで大きく落ち込んだり、精神不安定になることもあります。

長期的に服用している大量の精神安定剤のせいか、その年齢にしては最早、思考能力・記憶力は痴呆症の方に近いところにあるといっても過言ではありません。

がん告知の時にすぐに「母には隠そう」とすぐ決めました。

今落ち着いている精神状況を悪化させたくないからです。

父には電話で「大腸がん」であることを言い、母には「大きめのポリープができて、手術で取らなくてはいけない」と濁して伝えて欲しいと頼みました。

父も賛成してくれました。

それから、今現在も、気づかれないよう、日中、母がデイサービスに行っている間に、父に電話で近況を報告しています。

 

叔母と姑にはすぐに全て伝えました。

 

二人とも聡明で、加えて入院や手術などの経験者です。

姑は乳がんサバイバーで、闘病中は私も微力ながらお手伝いさせていただいていました。

経験則からのアドバイスと強い励ましをもらい、定期的に情報を共有しています。

 

次に仕事関係。

入院時だけでなく検査でもお休みをいただくことになるため、こちらも全て隠さず報告しました。

社員数名の規模のため、一人何役もこなさなくてはいけない仕事内容なので、会社からの全面的な協力無くして、がんの克服はできません。

幸いなことに、社長始め、同僚も私の体調を一番に優先してくれています。

ひとまず入院までには片を付けないといけない業務の算段、そして入院中のフォローアップに外注要請など、思いつく限りの準備をしている最中です。

 

そして、友人関係。

こちらが少し悩みました。

ありがたいことに学生時代や趣味関係で繋がった友人が多くいます。

その中には上記で書いた、入院中の仕事のフォローアップをお願いした、元同僚の夫婦もいます。

お仕事をお願いするかもしれない状況で、真実を伝えない選択肢は無かったので、この夫婦二人と共通の仲良し夫婦、計4人にはがん告知をしました。

 

それ以外の友人には…

続けている習い事をしばらく休むつもりでしたので、それに関係する友人達に入院自体を伏せることは難しいと感じ、実母に伝えたように「大腸ポリープが大きくなりすぎて入院して外科手術で切除する」としました。

 

「癌」って字づらが怖いですよね…

「ポリープ」と伝えたことで、その先にある「転移」「抗がん剤」「再発率」「生存率」などまでに話が及ぶことは無いので、必要以上に心配をかけずに済んでいると思っています。

その時が来たら、また、その時、考えていきたいと思います。

病院について早速、お着替え。

上半身はそのままの衣服で、下だけ全部脱いで、後ろに穴の空いた半ズボンタイプの紙パンツを装着。

処置室では男性医師と看護師の女性2人が迎えてくれました。

 

血圧を測り、お尻に腸の動きを抑制する筋肉注射を打ちます。

お尻に注射されたのは小学校2年生の時、肺炎で1ヶ月ほど入院した以来…

 

やがて、つるっとカメラが入るのが分かります。

何とも違和感…

先生から事前に「麻酔はよっぽど痛ければ打ちますが、基本はしません」と言われていました。

やはり腸の曲がり角あたりはググっと押される痛みを感じますが、我慢できないほどではありません。看護師さんも私の肩をゆっくり叩きながら、落ち着かせてくれました。

大腸カメラは患者も受けながら映像を見ることができるのは知っていましたが、入れ始めの時はその違和感に耐えるほうが先で、ちゃんと画面を見ていませんでした。

ただ、始めてすぐの時に先生と看護師さん達の空気が少し変わったように感じたんですよね、あとで思い返せば。

 

やっと慣れてきてモニタに視線をやれるようになった時は既にカメラは横行結腸あたりまで進んでいたと思います。

ご存知とは思いますが大腸カメラは一旦、奥まで全部入れてから、引き抜きつつ、確認していく流れです。

 

小腸の入り口あたりまで到達し、そのすぐそばにあった小さいできものを見て先生が「あ、ここにポリープ1つあるね」と教えてくれました。

おできのような小さな粒。これで米粒より小さいくらいとのこと。

大腸カメラではポリープはすぐ切除できると説明を受けていたのですが、先生は特に何も言わずにカメラを引き抜いていきます。

 

…あれ?と思いました。

 

横で看護師さんが「取りますか?」と聞くのですが先生は「いや…」と言ったまま無言…

その後、2つほど、先ほどと同じようなサイズのポリープを見つけて「ここにも」「ここもだね」と呟くのですが、そのままスルー。

 

そしてある程度来たところで「見えるかな?」と声をかけてくださいました。

その画面には先ほどとは明らかに大きさの違う、威圧感のあるデキ物が…

 

そうです、最初に私が画面を見ていない時に先生達の空気を変えたのが、コイツだったのです…

 

「S状結腸付近だね。これは内視鏡で取れないから手術になると思う。とりあえず生検出すから少し細胞取るね。」と言われて、そのデキ物をツンツンと突き始めました。

 

私の頭の中ではゆっくりと「手術」の二文字が浮かび上がりながらも、まだ事態が飲み込めない状況にありました。

 

「位置的に人工肛門にならないところで良かったね。」

 

先生の追い打ちの言葉で更に背筋が冷えました…

 

そんな、大変なことになっていたのかもしれないのか…と愕然。

数日前の私は何を根拠に「どうせなんでもないだろうしー」と思っていたのでしょう…

 

もともと寒がりなのですが、それとは違う寒気のようなものを感じ、また横向きで足を曲げる慣れない姿勢でいたせいか、体に小さな震えがきて、しばらく止まりませんでした。

パニックというほどではありませんでしたが

「何か大変なことになった…」

と漠然と感じた時間でした。

 

その後は、直腸を戻りつつ「カメラ逆にするね!」と言って内視鏡をぐるりん。肛門のほうもチェックし「うん!大丈夫」との言葉で検査は終了しました。

 

処置室を出て、控え室で服を着て、誰もいない待合室に戻ります。

麻酔無しでしたがボーッとして、オットにラインすることも忘れていました。

 

呼ばれて再び診察室に入ると、先ほど撮影した画像を画面で指しながら「悪性の腫瘍だと思います。25mmくらい。生検結果は1週間後になりますが、それを待たずに大きな病院の予約取っちゃった方がいいですね。どうします?」と聞かれ「はい、そうします」と即決。

徒歩15分ほどの地域の基幹病院へ紹介状を書いていただきました。

 

その大きな病院の消化器外科の外来は火・水・木。帰宅して病院に電話したところ、すぐ翌週の火曜に予約が取れました。

大腸カメラ検査は金曜だったので、3日挟んですぐに予約が取れたのはタイミングが良かったんだと思います。

 

帰宅後、私の報告にオットは「がんばろう」と言ってくれ、私も少し落ち着いていたので、あまり重い気持ちにもならず、今後のことを考えて、会社に報告したり、残りの仕事をしたりして、その日はそのまま淡々と過ごしました。

お気づきかもしれませんが、最初の記事で「2021.3.26 大腸カメラ」と書きました。3月30日の予約を前倒ししたのです。

 

病状が悪化で早めに…というわけではありません。

 

最初、病院側から26日午後に大腸カメラの検査日を提示されたのですが、その日は午後、web会議の予定が入っており、次に空いている30日に予約を入れました。

 

しかし、後でルナルナを見返すと、その日は生理開始予定日と丸かぶり。

運良く、web会議が先方都合でリスケとなったので、慌てて26日に検査日を変えてもらいました。

 

女性なら気になりますよね、生理の時、大腸カメラは?って。

 

実は電話で病院に確認したところ、気にせず受ける方もいますし、紙パンツをご用意しますので大丈夫ですよ!と。

 

いやいやいや…

 

やはり嫌ですよね(^_^;)

診察台など汚しちゃうんじゃないかと心配ですし。

 

ということで、検査を前倒ししたおかげで、今の主治医に巡り会いましたので、私的にはラッキーだったと感じています。

 

 

さて、前日25日は大腸検査食「エニマクリン」。1500円くらいだったかな。

朝食:鶏と卵の雑炊

昼食:大根とじゃがいもの鶏そぼろあんかけ+白がゆ

夕食:煮込みハンバーグ+白がゆ

 

どれも美味しい!でもすぐ食べ終わってしまう〜!

排便を促すためにも水分は多めに摂取、と言われていましたが、ほとんど便秘経験がない私はあまり気にせず、普段通りに過ごしました。

夕飯は7時まで。

夜は8時頃、ラキソベロン2錠。

予期していましたが、この後が私は大変。

下剤が効きやすい体質なので、すぐにおトイレとお友達。

この時点でほぼ出し切ったと言っても過言ではありません…

 

夜中も起きてトイレに行きました…

 

そして検査当日。朝からマグコロールPの2L祭りです。

テレビのワイドショーを見て気を紛らわしながら、3時間ほどかけて飲みます。

全部飲み終わらないうちから、もう絶対、大腸は空っぽ…というところまで来たので、少しズルして飲み終わったことに笑。

 

11時頃、病院から確認の電話が入り「全部出ました!」と言い切って、予約時間の12時に病院へ向かいました。(つづく)

異常が分かったのは、2021年3月2日に受けた年1回の行きつけの健診病院での結果報告書が郵送されてきた時(3月17日)です。

 

総合判定「E」精密検査を必要とします。

 

便潜血の項目が2回とも(+)(+)

 

数年前、この健診病院で「乳腺嚢胞」が分かり、それからは毎年自費診療で経過観察していただいていますが、この「乳腺嚢胞」発覚時以来の「E」判定。

 

特に自覚症状も無く、去年も一昨年も便潜血は(-)(-)だったので驚きました。

 

「なにかある」と分かると、どんなことでも放っておけない性格なので、午後休を取って急いで、自宅から徒歩2分の内科・消化器内科に飛び込みました。

近くにある病院が消化器内科も含んでて良かったと思います。

 

そこで医師に健診結果書を見せ、3月30日午後に大腸カメラの予約を入れました。

前日に食べる大腸検査食「エニマクリン eコロン」、前夜に飲むラキソベロン2錠、当日午前に飲む下剤マグコロールPを受け取って帰りました。

 

十数年前に過敏性腸症候群になった際、数駅先の総合病院で1度、大腸バリウム検査を受けましたが(特に異常は見つからなかった)、大腸カメラは未経験です。

しかしこの2リットルの下剤の恐怖は忘れもしません…

救いは病院が近いおかげで、下剤を自宅で飲んで、全てを出し切ってから行けるということでしょうか。

 

このときは「なんだろー、どうせ何でも無いんだろうし、早く診てもらってスッキリしたーい」くらいの軽い気持ちでいました。

ただ診察中の医師の一言が少し気になってはいました。

 

「2回とも便潜血(+)かぁ…1回だけならなぁ…」