ろくじょうのおとしあな -166ページ目

ふわふわふらり

濃くなってゆくおもいをどうにかして伝えてしまわないようにするためにこうして一日に何度も何度も文字にして公開して眺めるというのはとてつもなく自慰行為なのではないか






そうぞうりょくってこわい

きもちが大きくなるのに任せていればだってどんどん大きくなってゆく

実像が見えない

存在感だけが大きくなるのは、危険。





明かりの心もとなさが

なんでしょう言葉をすべて硬質なひらがなのように響かせてしまいそうで

そんなのきっと私にさみしい、とか言わせてしまうから

何ってそれがこわい




日常はつづくのです

行為とそれに対する各々の反応

ずるいずるい




そんな書き方はずるい





自分自身への客観的視点なんて捨てたらいいのだろう




何も見えてないひとは時に素晴らしい文章を書きます











近頃のニュースはよくわからんと、私は頭の片隅ででも簡単に繋がってしまう電波を心配し、でもそれって杞憂、くだらないなーいつまでもこうなんですか私は、というなぞ、レイチャールズ、ハモンドオルガンの音、お布団、さしあたり今私の近くにあるものはこんなもの、色々は近くを浮遊しているばかりだ。おもてでは雨がまだ降っているのですか?

リアリティなど

依存しきって愛情が歪んでしまうのがこわい


捨てられそうになってすがったりしたくない


わがままなんて言いたくない


常に余裕でいたい




愛情を形にさせようとするなんて狂気だ





いつまでもゆらゆら


ゆれていないことには前に進まない