前回の続き。
学習障害について無知だった私が、娘の学習障害を疑って勉強を重ねるうちに不安が増している状態で、振り返って後悔していることなどを書いてみた。
私には良くも悪くも、9歳差の上の子の不登校経験がある。
それが裏目に出た気もしている。
それに、夫も私も特性はあるが、「変わり者」程度で生きてこられたし、結果的に特性に合っている職業に就いて、夫は就職や転職で特性に合った職場環境に身を置くことができて昇進もし、独立して成功したと言えるし、私もずっとフリーランスとしてではあるが、細々とでも仕事を続けられている。
(ちなみに具体的な職業を明かしたくないのは自意識過剰なのだと思う。身バレして子どもに何か不利益があったら嫌だなと思ってしまう。)
我が家には、特性が強くても大丈夫だった実例が3人分揃っているから、「変わり者上等!」と、いうお気楽気分も半分持ったまま、ここまで子どもを2人育ててきた。
半分というのは、上の子の不登校の時、不安や心配は強くてちゃんと(?)右往左往したから。
今思うと、あの時私はもっと発達のこととか、不登校のことについて勉強できたはず、と思う。
本を読むのが苦手、を言い訳にして、ググって出てくる不登校の記事やブログを読む程度だった。
あ、でも「不登校新聞」は定期購読していた。
それで勉強しているつもりになっていたかも。
今思うと、不登校新聞は優しく寄り添いはしてくれるけれど、具体的な支援についてのアドバイスという意味では不十分なメディアだったのかな、と思う。
もしくは、上の子はその位の支援で十分回復できるだけの事例だったとも言える。
いや、不登校新聞をディスりたいわけではない。
当時読んだ記事に気持ちを救われたこともあったし。
きっと視点を変えて読んだら、学習障害の情報も得られたのかもしれない。
紙の新聞は処分したし、不登校新聞のweb記事を探して読み返す時間はないから八つ当たりみたいになって申し訳ない。
アンテナ感度の低い自分を残念に思っている。
ああ、また話が脱線した。
自分の特性の表出も今日はそのまま垂れ流そう。
とにかく、結果的に楽観的に下の子を育ててきてしまった事で、娘の困り感にも鈍感で、不登校という結果に陥ったのだ。
2人目だから手を抜けるというのも災いしたかな。
何でももりもり食べる上の子と違って、少食で偏食で食べるものが限られていることにもすぐに諦めがついて、限られたメニューだから用意するのが楽、とポジティブに考えることで悩むことをやめてしまった。
これは下の子が上の子よりよっぽど濃いめの発達障害があることを放置したことになる。
↑ここでもエピソード列挙した。
早めに相談に行っていたら、その他の特性が顕著に現れているエピソードを携えて診断を受けて、早めに療育が受けられたかもしれないのに。
(療育が受けられるのは小3までだと知ったばかり。)
それからコロナの臨時休校と入学のタイミングが重なったのも悪く作用したなと思う。
自宅でやるように、と小学校で配られたひらがなの書き取りプリント、娘の雑さが気になりながら、私が指導しても秒で不機嫌になるだけだったのもあり、家でやったらこんなものかな、休校が終わって通常の学校の授業が始まれば何とかなるだろう、と気にしないようにしていた。
休校が明けてからもずっと文字の書き取りは雑で、書き順無視の汚い字のままだった。
字が汚いだけなら、今の私も汚いし、息子もそうだったし、字が汚いのは小学生にはよくあること、とおおらかに構えていた。
(また脱線するけど、タブレットの普及のせいなのか、今の小学生、字が汚い子が増えてる気がする。学校の掲示物を見ての感想)
九九でのつまづきは顕著だったのに、2年生のうちになんとか半分くらいは憶えた感じになったから、ちょっと他の子より遅いだけでそのうち憶える、とこれまたおおらかに構えていた。
今思い返すと、娘のストレスはすでにかなりのもので、家での私への態度は酷いものだった。
ストレスのはけ口にされて、母はサンドバッグだー、などと冗談を言って、私もストレスすごいのに我慢強い性格が災いして、やっぱり支援に繋がるチャンスを逃した。
それで積もりに積もって不登校。
後悔の嵐。
娘は発達障害&学習障害だとして、SC面談や教育センターで相談すると、「診断は医師にしか出来ない」、との回答。
そういう決まりなんだろう。
そういう決まり、に納得がいかないと引っかかってモヤモヤするのも私の特性なんだろう。
多くの発達障害児と接している現場の心理士さんも十分に診断出来るのでは?と思っている。私の思い違いなのか。
とにかく次にやるべきは医療的な診断。わかっている。本もたくさん読んで理解した。でも足踏みしてしまう。
夫は早く結論出して次に進みたいタイプ。
早く早くと言う。
夫の考えも正しい。
素人がちょっと勉強して心配するよりも、専門家に診てもらった方が早い。
娘は学習障害として支援を受けながら小学中学と進んでいくのも覚悟はできた。
(高校進学については不安と心配しかない)
でも何にモヤモヤしてるかというと、これは上の子の不登校のときの経験から、子ども本人の状態とタイミングと、支援者との相性、場所の相性、全て揃わないと継続した支援を受けるのは容易ではないだろうと想像できるから。
支援につながるのは早い方が良いのはわかる。
でもつながり方が雑だと結局娘が置いてきぼりになって拒否反応示す恐れ。
上の子のとき、フリースクールの見学は早く動きすぎて拒否反応を起こさせて状態を悪化させてしまった反省も大きい。
学習障害も心配だけど、そのせいで不登校になった娘の心や気持ちを無視して振り回すのは、結局娘を救うことにはならないのではないか、というのが私の引っかかりポイント。
だから娘の場合はよりデリケートに、本人の意志も確認しながら慎重に進めたいと思っている。
(反面、来所相談の予約はいつも時間がかかってもどかしいのだけど。)
すでに低下している自己肯定感をこれ以上下げないように、学習障害かもしれないからその診断を受けに行こうということを、どうやって娘にわかってもらえば良いのだろう?
言いたいことが言えてないのにあっという間に長文になる。
(amebloのブロガーの皆さんの、簡潔で軽快な文章に憧れる。
いつもならこんなに長文になったら下書きに保存して、後で校正しようと思ってそのままになる事が多いけど今日は投稿することにした。
ADHDで学習障害の私が書くブログはこう!という割り切り、なのかも。)
続きはまた次回。