開幕が直前に迫ったパリ・オリンピックに体操女子日本の代表でありチームのキャプテンとして出場が決まっていた宮田笙子選手が、ヨーロッパの直前合宿地から呼び戻され、日本体操協会の事情聴取を受けて噂の事実を認め、出場辞退になった。
この前例のない事態に宮田選手に同情を寄せる意見や辞退当然とする意見がネットで錯綜し、騒ぎと化している。そんな中で、直前だっただけに起こした問題よりも、「もう少しやり方はなかったのか」といった同情の意見が目立つ。
たしかにことが発覚し、直前なのにヨーロッパから帰国を命じ、事情聴取したこと自体異例であり、事実を認めたことで自主的という形の「辞退」も前例がないという。
が、破ったルール違反の重大性とその違反がどういう経緯で表面化したかを考える必要がある。違反は「喫煙」と「飲酒」。同情の声の多くが「たかだか喫煙と飲酒、未成年の喫煙、飲酒は珍しくなく、またその程度で直前のオリンピック出場辞退、実質的には懲罰は度が過ぎていないか」というもののようだ。
しかし、オリンピック強化選手や代表選手はどんな経緯で選ばれ、日々のトレーニングのためにどれほどの公費や寄付など善意の私費が投じられるか。だからこそ限られた期間、トレーニングに集中し、関係するスポーツにマイナスになることは禁止や自粛を求めているのではないか。
そうした中で自ら強化、代表選手に選ばれ、受け入れたのであれば少なくともオリンピックエントリーゲームが終わるまで守るのは当然だろう。
喫煙や飲酒習慣のある成人選手でも「終わるまでは……」と耐えているに違いない。それをメンバーの中で年齢的に若く、しかも第一人者としてチームキャプテンを託されている立場、その人がルール違反の喫煙、飲酒しているのを大目に見る人はいないだろう。
チームキャプテンはチームの選手が心おきなく競技に臨み、力を発揮する。その結果がメダルや上位成績につながればさいわい、つながらなくてもみんなが無事に笑顔で終れる環境に導くための配慮や行動という重荷を背負っていることでもある。
ただ、そのキャプテンがそうした努力を通じてチームに溶け込み信頼を得て、仲間から愛され親しまれている選手だったら、ともに苦労し直前まで行動を共にした一人の選手をまわりの仲間が放っておくはずがない。今回の事件発覚に仲間はどう動いたのだろう。
推測が間違っているかもしれないが19歳の我がもの顔でルールを破っている姿を心通う仲間と思わず、見捨てたのかもしれない。
だからパリオリンピックに直前で出場辞退を表明せざるを得なくなった宮田選手を気の毒に思う所もあるが、自ら蒔いた種と自覚し、改めてルールとは何か、仲間とはどんなものかを考え、行動に移し、出直しをはかってもらいたいなと思う。
その秀でた体操の能力を扶けるのはワザだけでなく人としての“艶”もあることを忘れないでほしいね。