「知恵は尽きるときがある」―勝海舟 | 明日通信

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 「知恵には尽きるときがある」―勝海舟

   (勝海舟・勝部真長編「氷川清話」より 角川文庫)

 

〇 人間は、難局に当ってびくとも動かぬ度胸がなくては、とても大事を負担することはできない。今のやつらは、ややもすれば、知恵をもって一時のがれに難関を切り抜けようとするけれども、知恵には尽きるときがあるから、それはとうてい無益だ。

 今のやつらは、あまり柔弱でいけない。冬がくればやれ避寒だとか、夏がくればやれ避暑だとか騒ぎまわるが、まだ若いのに贅沢すぎるよ。昔にはこのくらいの暑さや寒さに辟易(へきえき)するような人間はいなかったよ。そんな意気地なしが、なんで国事改良などできるか。

〇 昔の人は根気が強くて確かであった。免職などが怖くて、びくびくするようなやつはいなかった。その代わり、もし免職の理由が不真面目なことであったら、潔く割腹して罪を謝する。けっして今のやつのように、しゃあしゃあとしていない。もしまた自分のやり方がよいと信じたなら、免職せられた後までも十分責任を負う。あとは野となれ山となれ主義のものはいなかった。

 またその根気の強いことといったら、日蓮や頼朝や秀吉を見てもわかる。彼らはどうしても弱らない。どんな難局をでも切り抜ける。しかるに今のやつらはその根気の弱いこと、その魂のすわらぬこと、実に驚き入るばかりだ。しかもそのくせ、いや君国のためとか、何のためとか太平楽を並べているが、あれはただの口先ばかりだ。いつかおれの作った詩がある。

 

    世事都児戯  世事都(すべ)て児戯

    閉戸独黙思  戸を閉ざして独り黙思す

    濛々六合裏  濛々(もうもう)たる(りくごう)の裏(うち)

    独対旧山河  独り対す旧山河

                                   (原文ママ)